化学系特許の判例を調べる

化学系特許をはじめとする知財全般の裁判は、地裁レベルでは東京地方裁判所の知的財産部(民事第29、40、46、47部)又は大阪地方裁判所の知的財産部(民事第21、26部)、そして高裁レベルでは知的財産高等裁判所(知財高裁第1~4部と特別部)に集約されています。

化学系特許の侵害訴訟や審決取消訴訟の判決は、最高裁判所ウエブサイトの裁判例検索の中の知的財産裁判例集にて検索が可能です。

裁判所年度記号番号種別
東京地裁
大阪地裁
平〇
令〇
(ワ)〇〇〇民事事件(侵害訴訟)
知財高裁(ネ)民事控訴事件(侵害訴訟)
(行ケ)行政控訴事件(審決取消訴訟)
最大
最一~三小判
(オ)民事上告事件(侵害訴訟)
(受)民事上告受理事件(侵害訴訟)
(行ツ)行政上告事件(審決取消訴訟)
(行ヒ)行政上告受理事件(審決取消訴訟)
最大:最高裁大判廷(裁判官15名)

最二小判:最高裁第二小判廷(裁判官5名)

知財高裁の特別部(裁判官5名)→知財高裁大合議判決

令和〇年〇月〇日判決言渡
令〇年(ワ)第〇〇号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日令和〇年〇月〇日
判 決
原告〇〇〇〇株式会社
同訴訟代理人弁護士□□□
被告××××株式会社
同訴訟代理人弁護士□□□
主 文
事実及び理由
第1請求
(当事者が求めた請求の内容)
第2事案の概要等
前提事実
(当事者に争いのない事実)
争点
(当事者間での争いのポイント)
争点に関する当事者の主張
第3当裁判所の判断
争点
結論
裁判所裁判官 〇〇〇〇

知財訴訟は、訴訟経済上、大きく侵害論と損害論とから成り立っています。

裁判所のステージ争点内容容認の
可能性
A侵害論(1)無効論進歩性、サポート要件、実施可能要件、明確性違反等キルビー判決以降、裁判所で、特許の無効を主張することが正当化された。
それを受けて、特許法も、特許権侵害訴訟において、特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者は相手方に対しその権利を行使することができないように改訂された。(特104の3)
無効論の展開には、無効資料調査が必要となるが、特許がすでに審査済みでることを考えると、無効論の主張のハードルは相当に高い。
個別事案による
(2)充足論出願経過参酌特許権者の出願経過における意見書の内容等を参酌して権利範囲を狭く解釈する。
特許権者は、特許後、出願審査の過程で特許庁に述べていた主張に拘束される(包袋禁反言の原理)。
1/3
作用効果限定解釈作用効果を奏する範囲になるように特許請求項に構成要件を追加して狭く解釈する。1/3
実施例限定解釈権利範囲を実施例レベルまで限定して解釈する。1/5
公知技術参酌権利範囲が公知技術を含まないようにを狭く解釈する。キルビー判決以降は、無効論の主張でよいかもしれない。1/10
作用効果不奏功の抗弁被告製品が特許発明の作用効果を奏しないものとして非侵害を主張する。
認められ難いため、論法を作用効果限定解釈に変えるのが好ましい。
困難
自由技術の抗弁被告製品は自由技術であり、特許権の効力は及ばないとし、非侵害を主張する。
現在の判例によれば、認められ難い論法ではある。
困難
(裁判官の勧告又は中間判決)
B損害論①逸失利益原告製品の単位数量当たりの売上げ及び売上げから控除すべき経費)を算定する(特102条1項)
②侵害者利益侵害品の売上げ(単価,譲渡数量)及び売上げから控除すべき経費等を算定する(特102条2項)
③実施料相当額侵害品の譲渡数量、実施料率又は単位数量当たりの実施料相当額等を算定する(特102条3項)

被告は、裁判所において特許の有効性について争うことができ(特許法第104条の3)、これを無効の抗弁といいます。裁判所は、特許の有効・無効性を判断します。

判例紹介


平9(ワ)938、カビキラー事件

(侵害)「特許の有効性については、専ら特許庁の審判手続により判断されるべきものであり、特許権侵害訴訟における裁判所がこれを理由として特許権者の権利の行使を制限することは、原則として許されないものというべきである。仮に、特許が明白に無効である場合には、当該特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利濫用として許されないという見解を是認し得るとしても、本件において、本件各特許権のいずれか又はその双方が明白に無効であると認めるに足りる証拠はないから、本件各特許発明が公知又は当業者が容易に推考できたことを理由に原告の請求が制限される旨の被告の主張は、いずれにしても理由がない。」

平10(オ)364、キルビー特許事件

(非侵害)「特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。」

(2) 充足論

特許の有効性が争われないか、有効性が確認された場合に、判所は、特許発明の技術的範囲にイ号物件が含まれるか否かを判断します。

 出願経過を参酌し、特許発明を限定解釈する

特許発明の内容を解釈するにあたって、その特許の出願経過を参酌することがあります。

出願経過を参酌する資料は、主に出願審査段階に提出された手続補正書や意見書等です。

出願過程において、特許要件を充足させるために請求項の解釈に限定を加えておきながら、権利行使において権利を拡張することは、信義則に反することになり許されません。

判例紹介

平26(ワ)15614,電子材料用銅合金事件

(非侵害)「原告は,構成要件Fにいう「5~10μmの大きさの介在物個数が…50個/m㎡未満」であることの意義につき,これが0個/m㎡の場合を含まない旨を本件意見書において言明し,これにより本件拒絶理由通知に基づく拒絶を回避して特許登録を受けることができたものであるから,本件訴訟において上記介在物の個数が構成要件F’’の「45個/m㎡以下」に0個/m㎡の場合が含まれると主張することは,上記出願手続における主張と矛盾するものであり,禁反言の原則に照らし許されないというべきである。」

平12(ワ)26626,エンドグルカナーゼ酵素事件

(非侵害)「ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,国際予備審査段階において,PCT出願に係る本件特許請求項1について,欧州特許庁から,その内容が十分に特定されていないので,PCT出願における請求項5に記載された等電点約5.1を有するという性質により,エンドグルカナーゼ酵素の特定をするよう求められた。そこで,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,・・・本件特許請求項1の特許請求の範囲に,本件特許明細書 実施例1に記載されている「pH6.0と10.0との間で活性である」という性質(構成要件A②)を追加した。その後,ノボ・ノルディスク・アクティーゼル ス・カブは,日本での国内段階において,特許庁審査官から,本件特許請求項1の「エンドグルカナーゼ成分」は,至適pH及び特定の抗体との結合性のみで特定されているため,「エンドグルカナーゼ成分」なる用語に含まれる範囲が不明瞭であるとの拒絶理由通知を受けた。そこで,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,本件特許請求項1の特許請求の範囲に,本件特許明細書実施例1に記載されている「pH3と9.5の間で安定である」という性質(構成要件A③)を追加した。・・・本件発明は,エンドグルカナーゼ酵素そのものを対象とする物の発明であるから,物として特定していなければならないことに,上記(1)ウ認定に係る出願経過を併せて考慮すると,構成要件A②及びA③は,本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素を特定するために追加された要件であると認められる。・・・上記(1)ウ認定の出願経過からすると,構成要件A③が,本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素を特定するために追加されたことは明らかであって,それが結果的に必要であったかどうかは,上記認定を左右しないものというべきである。・・・本件第1発明に係る構成要件A②及びA③の各要件は,①当 該酵素が,pH6.0~10.0の範囲において活性であり,それ以外の範囲で活性でない(構成要件A②),②当該酵素が,pH3~9.5の範囲において安定であり,それ以外の範囲で安定でない(構成要件A③),とそれぞれ解釈するのが相当である。・・・このような認定事実と上記認定判断した本件第1発明に係る構成要件A②及びA③の解釈からすると,被告製品は,構成要件A②及びA③の各要件をいずれも充足しないということになる。そうすると,仮に原告請求に係 る当該訂正が認められたとしても,被告製品が,当該訂正後の本件第1発明の特許 請求の範囲に含まれないということに変わりはない。」

平28(受)1242,マキサカルシトール製造方法事件

(侵害)「出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対 象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それだけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきで ある。・・・出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。」

平6(ネ)3292,組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子事件

(侵害)「特許請求の範囲にアミノ酸配列が特定して記載されるに至ったのは、特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列からの変異体を含むt-PAについては実際の発現を得たものではなく、その実際の効果の記載が明細書の発明の詳細な説明になかったことから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることなどを必要とする特許法36条の要件に適合させようとした趣旨にあったものと認められる。新規性、進歩性の要件を欠く場合に特許請求の範囲の記載を限定するときには、限定されたものを超えると新規性、進歩性の要件を欠くことになり、権利主張 する段階でこの超える部分を技術的範囲と主張することが許されないのであるが、上記のような経緯で補正された特許請求の範囲の記載により特許を付与された場合においては、発明の構成を特定する趣旨で特許請求の範囲の記載を明確にしたからといって、特許権侵害訴訟において、特許発明の技術的範囲を特定の特許請求の範囲の記載の技術 そのままだけのものとしてしか主張できないものではないというべきである。特許庁審査官が発した拒絶理由通知も、アミノ酸配列が改変されたt-PA一切が、特許請求の範囲に記載のt-PAの技術的範囲に含まれるものでないとの前提に立つものでないことは、その通知内容から明らかである。」

平31(ネ)10015,大豆胚軸発酵物事件

(非侵害)「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載を前提に検討するに,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,本件発明1の「大豆胚軸発酵物」(構成要件1-C)を定義した記載はなく,その発酵原料となる「大豆胚軸」を特定の成分のものに限定する記載もないが,一方で,本件明細書では,「大豆胚軸発酵物」の発酵原料として「大豆胚軸抽出物」と「大豆胚軸」とを明確に区別した上で,コストが高く,エクオール産生菌による発酵のために別途栄養素が必要になる「大豆胚軸抽出物」は,発酵原料に適さないことの開示があることに照らすと,かかる「大豆胚軸抽出物」を発酵原料とする発酵物は,本件発明1の「大豆胚軸発酵物」に該当しないものと解するのが相当である。・・・高濃度のイソフラボンを含有する「大豆胚軸抽出物」は,コストが高く,エクオール産生菌による発酵のために別途栄養素が必要になることは自明であるから,かかる「大豆胚軸抽出物」を発酵原料とする発酵物は,本件発明1の「大豆胚軸発酵物」に該当しないものと認めるのが相当である。」

平18(ネ)10075,フルオロエーテル組成物事件

(非侵害)「本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。」

判例紹介

平22(ネ)10091,飛灰中重金属固定化処理剤事件

(侵害)「本件発明の構成要件は,本件各化合物からなる飛灰中の重金属固定化処理剤であることに尽きており,硫化水素の不発生等に関する記載がないばかりか,本件明細書には,重金属固定化処理剤を飛灰と混練し又は加熱を行った場合の硫化水素の発生源が,当該重金属固定化処理剤を製造す る際に副生成物として発生するチオ炭酸塩であるなどとする記載や,本件発明の構 成について,その特許請求の範囲に記載の化合物以外の成分(例えば,チオ炭酸塩等)の含有を積極的に排除する旨の記載がない一方で,前記(1)エに認定のとおり,本件発明がそこに記載の実施例によって何ら制限を受けるものではない旨(【0015】)や,前記(1)オに認定のとおり,本件発明の実施に当たって他の助剤の使用を当然に許容する旨(【0032】)の記載がある。以上の本件明細書の記載によれば,安定性試験に関する記載を根拠として,本件発明からはチオ炭酸塩等が排除されている旨や,本件発明が飛灰及びpH調整剤と混練し又は加熱を行った場合に硫化水素が発生しない旨をその構成要件としていると解釈することはできない。したがって,本件明細書の記載によっても,本件発明を構成する本件各化合物が,硫化水素の発生源であるチオ炭酸塩等を含有しない純物質であると限定して解する根拠はない。」

④ 公知技術を参酌し、特許発明を限定解釈する

(侵害)「飛灰中の重金属固定化処理剤に関する硫化水素等の有毒ガス測定は,検知管式気体測定器を用いるのが一般的であるところ(検出下限は,0.2ppmであるが,工業的には全く問題がなく,1審被告が主張するような検出下限を0.05ppmとするガスクロマトグラフ法による必要はない。),被告製品について 安定性試験を実施の上で上記測定を行ったところ,硫化水素の発生は,実質的に認められなかったし,ガスクロマトグラフィーによる測定も,この結果を裏付けるも のであって,チオ炭酸塩も,検出されなかった。現に,1審被告は,被告製品について硫化水素等が発生しない旨を標榜して販売している。したがって,1審被告主張に係る作用効果不奏功の抗弁は,その前提を欠き失当であるばかりか,1審被告が被告製品から硫化水素が発生すると主張する根拠となる実験結果は,上記の販売態様と矛盾するからいずれも信用できない。」

判例紹介

平22(ネ)10091,飛灰中の重金属の固定化方法事件

(侵害)「1審被告は,被告製品が乙12発明という公知技術の実施品であるにすぎず,あるいは骨格をなす化合物の官能基にジチオカルボキシ基が形成されていれば重金属をキレート化できることが本件優先権主張日当時の技術常識であったから,被告製品が本件発明の構成要件を充足しない旨を主張する。しかしながら,乙12発明は,被告特許発明と同様,低分子のポリアミン誘導体と高分子のポリエチレンイミン誘導体との混合物という構成を有するものであるところ,前記ウに記載のとおり,被告製品が高分子のポリエチレンイミン誘導体を含有すると認めるに足りる証拠はない。したがって,1審被告の上記主張のうち,被告製品が乙12発明の実施品であることを前提とする部分は,採用できない。」

平成24(ネ)10093,液体インク収納容器事件

現在までの判例を見ると、自由技術の抗弁は相当困難であるものの、全く門前払いというわけではなく、今後の特許訴訟で自由技術の抗弁が認められる余地はあり得ると解する。例えば、既存の食品に特殊パラメータ発明の特許が成立してしまったときに、特許出願前から保管されていたイ号食品(サンプル)のパラメータを測定しても、食品の消費期限や賞味期限がネックとなって測定結果に信ぴょう性がなく、その結果、特許発明の新規性を否定できないようなケース(実際にあった特許異議申立事件)では、「公知技術による無効の抗弁」に変えて「自由技術の抗弁」が有り得ると考える。

Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office
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