化学系特許の進歩性に関する判例

① 設計事項等

審査基準

一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。

判例紹介

平29(行ケ)10171,炭酸ランタン水和物含有医薬組成物事件

(進歩性無し)「水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合に は,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することが,本件出願の優先日当時,技術常識又は周知であったことに照らすと,甲1自体には,水和水の数の違いによりリン酸イオン除去率に違いが生じることや炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について問題点の記載がないからといって,甲1に接した当業者において,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。」

平23(行ケ)10445,アトルバスタチン事件

(進歩性無し)「本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。そして,・・・引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる」

平27(ワ)1025,ノンアルコールビール事件

(進歩性無し)「公然実施発明1に接した当業者において飲み応えが乏しいとの問題があると認識することが明らかであり,これを改善するための手段として,エキス分の添加という方法を採用することは容易であったと認められる。そして,その添加によりエキス分の総量は当然に増加するところ,公然実施発明1の0.39重量%を0.5重量%以上とすることが困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきである。」

平25(行ケ)10019,食品及び飼料サプリメント事件

(進歩性有り)「引用発明においては,ビタミンB12の安定化について何らの記載もない以上,そこに含有されるビタミンB12は,安定化されておらず,保存中にビタミンB12を不安定化する成分によって分解等を受け,その残存率が低下するものと認められる。そうすると,投与するビタミンB12が安定化されているとの条件の下においてヒトへの1日当たりのビタミンB12の投与量を約1~1500μgとする乙1及び乙2の技術事項を,ビタミンB12が安定化されていない引用発明に直ちに適用することは困難である。したがって,引用発明の目的を達成するために必要十分な各栄養素の摂取量や配合比を詳細に検討し最適化を図った場合,ビタミンB12の量が,必ず,本願補正発明の発明特定事項であるサプリメント中の純カルボン酸の含有量の乾燥重量1g当たり1~1500μgの範囲内となるということはできない。・・・引用発明におけるビタミンB6,B9及びB12の量を,本願補正発明の「サプリメントの乾燥重量1g当たり10~50mgの量」とすること,並びに引用発明におけるビタミンB12の量を,本願補正発明の「サプリメント中の純カルボン酸の含有量の乾燥重量1g当たり…1~1500μgの範囲」内とすることは,設計事項の範囲であるとはいえず,当業者において適宜なし得たということはできない。」

② 相違点が周知・慣用技術

審査基準

発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。

判例紹介

平15(行ケ)405,置換1,3-オキサチオラン事件

(進歩性無し)「本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことに強力な動機付けがあり,実験をすることを選択することは何ら困難なことでもなく,その実験方法も周知なものであって実施に何ら困難はなく,実験を行いさえすれば,交差耐性を示すか否か容易に分かる,すなわち,本願化合物1が効用を有するか否か分かるものである以上,当業者が本願発明を推考するのが容易であることは当然である。審決の相違点についての判断に誤りはない。・・・原告の主張は,要するに,実験をしても,望んだ結果が得られることが合理的に予測されるものではない場合,実験をして確認した事実に基づいてした発明には進歩性が認められるべきである,というものである。しかし,前述のとおり,本件においては,薬剤の有効性を確認するための実験を行うことは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,また,実験をすることに格別の困難もないのであるから,その実験が成功することが予測できないということだけから,進歩性を認めることができないことはいうまでもないのであって,原告の主張は採用できない」

平19(行ケ)10269,AFPレセプター事件

(進歩性無し)「引用刊行物には,・・・,AFPレセプターに対するMAbが,細胞膜に結合したAFPレセプターと溶解形のAFPレセプターの両方を検出することが記載されているところ,同キにはAFPレセプターが臍帯血清や胸膜滲出液だけでなく他の研究で用いられた細胞質の中に見出されるプロセスについて記載され,同クの記載によると,臍帯血清及び胸膜滲出液を用いた溶解形AFPレセプターの検出の実験は,広範囲の悪性腫瘍の診断とフォローアップに応用するための予備実験的なものとして位置付けられるから,癌患者の体液等中に,AFPレセプターが存在する可能性があるのであれば,引用刊行物に記載された検出方法を,癌患者の体液等に適用する動機付けは十分に存在するものと認められる。そして,癌患者の体液等中に検出可能な程度のAFPレセプターが存在するかどうかは,実験により自ずと明らかになる事項であるから,引用刊行物の記載を臍帯血清及び胸膜滲出液以外の体液等に適用することに何ら障害はなく,原告の主張を採用することはできない。」

平14(行ケ)505,新規サイトカイン事件

(進歩性無し)「ヒトIL-11のORFの塩基配列は,サルIL-11と高い相同性を有するのであるから,引用文献1において精製サルIL-11成熟体を実際に取得したのと同様,COS-1細胞発現系を用いることによって,サルIL-11と同様の活性を有する精製ヒトIL-11成熟体を取得することは,当業者が容易にし得ることであると認められる」

平22(行ケ)10203,腫瘍特異的細胞傷害性誘導方法事件

(進歩性有り)「本件優先日当時,外来の遺伝子を導入して腫瘍(癌)を傷害するのは,プロモーターの活性が不十分であるなどの理由のため困難である というのが当業者一般の認識であった上,H19遺伝子の生物学的機能は完全には解明されていなかったものである。また,引用例3の表1は,種々の腫瘍においてH19遺伝子の発現の有無の状況が異なることを示すものであることが明らかであ るところ,同表には,7例の腎臓のウィルムス腫瘍(癌)のうち4例でH19遺伝子の発現が見られ,また4例の腎細胞癌(腫瘍)ではH19遺伝子の発現が見られなかった旨の記載があるが,引用例6の118頁には,ウィルムス腫瘍細胞株であるG401ではH19遺伝子の発現が見られない旨の記載があり,同一臓器の癌(腫 瘍)であっても,H19遺伝子の発現には差異があることが分かる。そうすると,引用例3にH19遺伝子の発現の状況が記載されているとしても,この記載に基づく発明ないし技術的事項を単純に引用発明1に適用して,腫瘍(癌)の傷害という所望の結果を当業者が得られるかについては,本件優先日当時には未だ未解明の部分が多かったというべきである。したがって,引用発明1に引用例3記載の発明ないし技術的事項を適用しても,本件優先日当時,当業者にとって,引用発明1のα-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i)),標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると評価し得るかは疑問であるといわなければならない。」

平25(行ケ)10209,動脈硬化予防剤、血管内膜の肥厚抑制剤及び血管内皮機能改善剤事件

(進歩性有り)「本願優先日当時,ACE阻害剤が血管拡張機能や内皮細胞 機能を改善する作用の有無については,確立した知見が存在しなかったといえる。・・・本願優先日当時の当業者の一般的な認識に鑑みれば,当業者が,ACE阻害活性の有無に焦点を絞り,引用発明においてIPP及びVPPがACE阻害活性を示したことのみをもって,引用例2から引用例5に記載されたACE阻害剤との間には,前述したとおりACE阻害活性の強度及び構造上の差異など種々の相違があることを捨象し,IPP及びVPPも上記ACE阻害剤と同様に,血管内皮の機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示すことを期待して,IPP及び/又はVPPを用いることを容易に想到したとは考え難い。」

平15(行ケ)498,化合物半導体結晶の製造方法事件

(進歩性有り)「「刊行物2記載の発明も,刊行物1記載の発明もともに3-5族化合物半導体結晶の成長方法である」として,刊行物1記載の発明に刊行物2に記載された発明を適用して本願発明1を構成することに格別な阻害要件も認められないとしたが,その際,窒化ガリウム系化合物とガリウムヒ素系化合物の酸に対する反応の相違について,何ら検討していないし,本訴においても,この相違を架橋するに足りる技術的要因を認めるべき主要,立証はない。すなわち,刊行物2のガリウムヒ素系化合物を例示とするⅢ-Ⅴ族化合物に関する知見を一般化して窒化ガリウム系化合物に適用することができるというような技術常識があることは格別うかがえないから,刊行物2記載の発明も,刊行物1記載の発明も,共 にⅢ-Ⅴ族化合物半導体結晶の成長方法であるということのみを根拠として,刊行物1記載の発明に刊行物2に記載の発明を適用することの容易性について判断した審決は,当該技術分野における一般的な技術常識に基づくものであるとはいえず,したがって,審決の判断には誤りがあるといわざるを得ない。」

③ 技術分野の関連性

審査基準

発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

判例紹介

平15(行ケ)467,調合乳組成物事件

(進歩性無し)「刊行物5には,人工乳に添加する脂質としてモルティエレラ属微生物由来の真菌油を用いることも記載されているから,調合乳に添加するARA含有油として,刊行物2に記載されたARA含有真菌油のうち,EPAを実質的に含まないものを選択することは,刊行物5の記載から当業者が容易に想到し得たものというべきである。」

④ 課題の共通性

審査基準

課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。

なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。

試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。

判例紹介

平23(行ケ)10340,4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸又はその塩事件

(進歩性無し)「医薬の有効成分として,遊離の酸(フリー体)が得られたことに接した当業者は,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに課題が存在することが明記されていなくとも,フリー体が形成可能な塩の特性を検討すると考えられる・・・フリー体に接した当事者としてはそのモノナトリウム塩を容易に想到し,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して通常の方法をとれば,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが生成される以上,当業者においては,フリー体から,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するとすべき」

平24(行ケ)10131,甘味を有する薬剤組成物事件

(進歩性無し)「引用例1には,苦味を有する薬剤の苦味をスクラロースがマスキングすることが記載されているのであるから,当業者であれば,激しい苦味を有することが公知である塩酸ドネペジルを引用発明における苦味を有する薬剤に当てはめ,スクラロースによる苦味のマスキングを試みることは容易である。」

平23(行ケ)10434,蓄熱材の製造方法事件

(進歩性有り)「引用発明の硫酸カルシウム半水和塩及び溶解性硫酸カルシウム無水物からなる群から選択される多孔性固体は固液分離を防止するために用いられるものであるのに対し,引用例2ないし4に記載された硫酸カルシウム2水塩は過冷却防止剤として用いられるものであり,その解決すべき課題(使用目的)に共通性がない以上,引用例1に接した当業者において,引用発明の硫酸カルシウム半水和塩に代えて,硫酸カルシウム2水塩を適用すべき動機付けがあるということはできない」

平29(行ケ)10212,黒ショウガ成分含有組成物事

(進歩性有り)「本件優先日当時,黒ショウガが,甲3発明の技術課題にあるようなポリフェノール類特有の(ポリフェノール類に由来する)渋みや苦みを有する植物体に該当すると当業者に認識されていたとは認められないから,この点をもって技術課題が共通であるとか,引用発明中の示唆があるということはできない。・・・甲3発明の「茶ポリフェノール粒子」に代えて,甲2に記載された「黒ショウガ粉末を含有するキサンチンオキシダーゼ阻害剤であって,フラボノイドを有効成分とし,当該有効成分を経口摂取するもの」や,甲1に記載された「冷え性改善用の黒ショウガの根茎加工物,抽出物,黒ショウガ搾汁液及び/または黒ショウガ搾汁液の抽出物の乾燥粉末」を適用する動機付けがあるとはいえず,本件訂正発明1の構成を,甲3発明及び甲1ないし7に記載された技術的事項並びに本件優先日の技術常識に基づき,当業者が容易に想到し得たということはできない(・・・)。したがって,本件訂正発明は,甲3発明との対比の観点からは,そもそも効果の顕著性について検討するまでもなく進歩性が認められるべき筋合いのものであったといえる。」

➄作用・機能の共通性

審査基準

請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

⑥ 引用中の示唆

審査基準

引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

判例紹介

昭61(行ケ)240,水溶性鉛塩類を含有する電着浴事件

(進歩性無し)「引用例には、陽イオン性でしかも化学的前処理が不必要な水性電着浴を得るという本願発明と同様の目的に適する金属イオンとして、電位列中の電位が鉄の電位よりも高いものという条件が挙げられており、具体的に7種の金属イオンが例示されている。この中には本願発明の特定構成である鉛イオンは記載されていないが、鉛は電位列中の電位が鉄の電位よりも高いことは周知の事実であるから、鉛イオンを用いることは引用例に示唆されているといえる。したがって、鉛イオンを用いることが本願発明の目的を実現する上で不適当である等の事情がない限り、鉛イオンを電着浴に添加しようとすることは、当業者であれば容易に着想できることである。」

平26(行ケ)10182、184,ピリミジン誘導体事件

⑦ 阻害要因

審査基準

出願人が引用発明1と引用発明2の技術を結び付けることを妨げる事情(例えば、カーボン製のディスクブレーキには、金属製のそれのような埃の付着の問題がないことが技術常識であって、埃除去の目的でカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは考えられない等)を十分主張・立証したときは、引用発明からは本願発明の進歩性を否定できない。

判例紹介

平19(行ケ)10007,燃料電池用シール材の形成方法事件

(進歩性有り)「セパレータとしてカーボングラファイト製のものが周知慣用であり,作業性に関する課題が「金属製」のものと共通であるとしても,引用発明が射出成形手段を前提とするものである以上,引用発明におけるセパレータをカーボングラファイトに代えることには,次のとおり阻害要因があったというべきである。・・・引用発明のセパレータは,厚さ0.3mm程度の金属材料を使用し,それに対して射出成形を施すことを前提とし,その条件も「300kgf/cm」といった高圧で射出材料が金型内に射出されるものであること,他方,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであると認識されていたことからすれば,当業者にとって,カーボン材からなる「カーボングラファイト」を射出成形装置に適用した場合には,カーボン材が有する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたものと解される。・・・引用発明の射出成形による成形一体化工程において,金属製セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適用することには,技術的な阻害要因があったというべきである。」

平15(行ケ)498,化合物半導体結晶の製造方法事件

(進歩性有り)「甲7,甲8が液体状態における窒化ガリウムの酸に関する知見であり,また,例えば,乙9によれば,HF(フッ化水素)が液体状態と気体状態とでその性質を大きく異にすることが認められるとしても,このことから,窒化ガリウムが,気体状態において酸に反応すると認めることはできない。そして,気体状態において,ガリウムヒ素系化合物と窒化ガリウム系化合物とが酸に対し同様の性質をもつものであり,かつ,このことが当業者の技術常識であると認めるに足りる証拠はないし,被告が本訴において提出した乙7ないし11によっても,本願出願当時において,刊行物2に記載された技術を刊行物1記載の発明に阻害要因がなく適用できることを裏付けるような技術常識の存在を認めることはできない。そうであれば,Ⅲ-Ⅴ族化合物の溶解性,分解性等の反応が,酸の状態,すなわち,熱の加わり方,液体か気体かなどによって,変わるものであるとしても,窒化ガリウムが酸に対し不活性であるということは,通常,刊行物1の発明に刊行物2記載の発明を適用することの阻害要因となるといわなければならない。」

平13(行ケ)64,中空糸型膜分離ユニット事件

(進歩性有り)「刊行物1(甲4)に「本発明(注,刊行物1発明)の中空糸型濾過モジュールは・・・中空糸とスリーブあるいは中空糸とスリーブの間で該中空糸と同一素 材のシール部材を介して液密的に熱融着されて開口端部を形成している事を特徴とする。更には,スリーブと外筒・外筒部の胴体とキャップ部を各々相互にあるいは各部材の間に該部材と同一素材よりなるシール部材を介して液密的に熱融着されている事を特徴とする」(決定謄本3頁(2)(イ))との事項が開示されていることは,当事者間に争いがない。そうすると,刊行物1は,中空糸と封止剤とが液密的に熱融着し得ない樹脂の組合せは,刊行物1発明に当たらないものとして排除していることになるから,刊行物1に接した当業者にとって,両者が熱融着しないことが周知であるポリエチレンとポリプロピレンの組合せに想到することは,刊行物1自身によって阻害されるというべきである。」

平19(行ケ)10148,フィルム製容器の製造方法事件

(進歩性有り)「周知例2及び3には,マット加工が施された樹脂膜又はプラスチックシートが,熱と圧力をかけて容器等に成形されるとの記載も示唆もないところ,上記(2)イのとおり,本件特許出願当時の当業者において,マット加工面に熱と圧力を同時に加えると上記のようにマット加工の技術的意味が没却されると考えられていたことに照らすと,熱プレス成形によるフィルム同士の熱接着の問題を解決するため,引用発明に,周知例2又は3に記載されたマット加工技術を適用することについては,その動機付けがないばかりか,その適用を阻害する要因が存在したものという べきである」

平17(行ケ)10717,シロキサンおよびシロキサン誘導体事件

(進歩性有り)「刊行物3に「CVD法[プラズマ重合法(プラズマCVD)]により)成膜可能な電気絶縁性高分子化合物ポリエチレン,ポリテトラフルオロエチレン,ポリビニルトリメチルシラン,ポリメチルトリメトキシシラン,ポリシロキサン等」(段落【0013】)と記載されているとおり,引用発明3は,CVD法(化学気相蒸着法)により,シロキサンを成膜するものである。CVD法は,基板上に被膜を形成する手段であって,基板自体を形成する際に使用される方法ではないから,引用発明3のシロキサンを引用発明1cの「基板兼光散乱部」に換えて適用する動機付けがないし,阻害事由があるというべきである。・・・引用発明3は,CVD法により,シロキサンを成膜するものであるところ,CVD法は,基板上に被膜を形成する手段であって,基板自体を形成する際に使用される方法ではないから,引用発明3のシロキサンを引用発明2の「プラスチック基板」に換えて適用する動機付けがないし,阻害事由があるというべきである。」

平21(行ケ)10144,テアニン含有組成物事件

(進歩性有り)自律神経系に作用する引用例1発明は中枢神経系に作用する引用例2発明とは技術分野を異にする発明であることから,当業者は,引用例1発明に引用例2発明を適用することは考えないというべきであって,両発明を組み合わせることには阻害要因があるというべきである。」

平23(行ケ)10056,周期的分極反転領域を持つ基板の製造方法事件

⑧ 有利な効果の参酌

審査基準

引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

しかし、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲 を超えた顕著なものであることにより、進歩性が否定されないこともある。例えば、引用発明特定事項と請求項に係る発明の発明特定事項とが類似していたり、複数の引用発明の組み合わせにより、一見、当業者が容易に想到できたとされる場合であっても、請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果であって引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、あるいは同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合には、この事実により進歩性の存在が推認される。

特に、後述する選択発明のように、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有する ことが進歩性の存在を推認するための重要な事実になる。

判例紹介

平25(行ケ)10078,マチ付きプラスチック袋事件

(進歩性無し)「本願発明が顕著な効果を奏することにより進歩性を獲得するためには,引用発明1及び引用発明2を組み合わせることにより得られると予測される以上の効果を奏する必要があるのであり,本願発明が引用発明1以上の効果を奏するとしても,そのことをもって,本願発明の効果が顕著であることを論証したということにはならない。」

平13(行ケ)409,ケラチン繊維の酸化染色組成物事件

(進歩性無し)「本件訂正発明の進歩性が肯定されるためには,同発明が現実に示すものとして本件出願より明らかにされた効果が,当業者が同発明の構成のものとして予想することができない顕著な効果を奏することが必要である(したがって,比較の対象は,従来技術の示す効果ではなく,同発明の構成のものと当業者が予想する効果である。)。」

平27(行ケ)10054,モメタゾンフロエート事件

(進歩性無し)「当業者が予測できない顕著な効果といえるためには,従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に,本件発明の有する効果が,予測される効果よりも格別優れたものであるか,あるいは,予測することが困難な新規な効果である必要があるから,本件発明の有する効果と,公知技術を開示する甲1発明,甲2発明に加え,周知技術を開示する甲3発明~甲5発明の有する効果についても検討する。・・・確かに,医薬組成物の臨床的有効性はプラセボとの比較で確認することが慣用されてはいるものの,これは,単純に薬としての治療効果があるかを実証するためにすぎない。本件で問題とされているのは,本件発明と甲1発明及び甲2発明等とを比較した場合の効果の差の存否とその程度であるが,甲1発明についても,アレルギー性鼻炎に対して,プラセボよりも抗炎症活性を有するといえる以上,プラセボとの比較により本件発明の有効性を確認しただけでは,当業者の技術常識に基づいて予測される範囲を超えた顕著な効果を有するとまではいえない。」

平24(行ケ)10252,耐熱性リボヌクレアーゼH事件

(進歩性無し)「一般に,発明の進歩性の判断は,審査を行う時点ではなく,出願日(優先権主張がなされている場合は優先権主張日)を基準になされるものであるから(特許法29条2項),発明の進歩性の有無を判断するにあたって参酌することができる知見は,出願前までのものであって,このことは,発明の構成の容易想到性判断のみならず,発明の効果の顕著性の判断に関しても同様である。また,特許出願された発明に関する明細書に記載された知識に基づいて出願前の発明ないし技術常識を認定することは,後知恵に基づいて特許出願された発明の進歩性を判断することになりかねず,同項の趣旨に反するものであり,許されない。・・・本願補正発明について,4mM等の従来のRNaseHと比べて非常に低いマグネシウム濃度条件下において十分に高いRNaseH活性を示すという効果が本願明細書に開示されているとはいえないから,その効果について示す上記実験データは本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超えるものであって,参酌することはできないというべきである。」

平22(行ケ)10163,経管栄養剤事件

(進歩性無し)「発明の進歩性の有無を判断するに当たり,上記出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定し,これにより上記進歩性の有無を判断しても,そのこと自体は,特許法29条2項の規定に反するものではない(最高裁昭和51年(行ツ)第9号同年4月30日第二小法廷判決・判例タイムズ360号148頁参照)。よって,本願発明の進歩性の有無を判断するにあたって,引用発明である「®テルミールソフト」が持つ粘度を認定するために,本願出願後に頒布された刊行物Dを参酌したことは,特許法29条2項に反するものではない。・・・引用発明に係る「®テルミールソフト」は,本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できるから,相違点1について,実質的に相違するものではないとした本件審決の判断に誤りはない。」

平23(行ケ)10018,カルバゾール化合物事件

(進歩性有り)「本願優先日前,β遮断薬による虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,本願優先日前に報告されていたACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。」

平24(行ケ)10207,光学活性ピペリジン誘導体酸付加塩事件

(進歩性有り)「甲8の3に添付された実験成績証明書に,モルモットから摘出した回腸におけるヒスタミン誘発収縮に対する薬理試験(試験3)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸塩がそのラセミ体に対して約7倍の活性を示したことが記載されており,また,本件明細書に記載のヒスタミンショック死抑制作用試験と同様の試験(試験4)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸がラセミ体に対して約3倍の生存率を示したことが記載されていることからも裏付けられる。そうすると,本件化合物の(S)体は,その(R)体と比較して,当業者が通常考えるラセミ体を構成する2種の光学異性体間の生物活性の差以上の高い活性を有するものということができる。したがって,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸は,審決が認定した甲1発明であるラセミ体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩と比較して,当業者が予測することのできない顕著な薬理効果を有するものといえる。」

平8(行ケ)136,新規ペプチド事件

(進歩性有り)「引用発明に基づき本願発明のようなモチリン誘導体を製造することは当業者が容易になし得ることであるとみることも可能である。しかしながら、本願モチリンが引用発明モチリンと同質の効果を有するものであったとしても、それが極めて優れた効果を有しており、当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであれば、進歩性があるものとして特許を付与することができると解するのが相当である。」

平24(行ケ)10004,シュープレス用ベルト事件

(進歩性有り)「引用発明1は、従来技術において、CMD方向の寸法変化が生じ易く、ベルト寿命が低減するという欠点を改善するため、MD方向と共にCMD方向の強度を高め、寸法精度の高い安定した走行状態を長時間維持できる等の効果を奏する良好なシュープレス用ベルトを提供するというものであり、また、引用発明2は、発ガン性等がない安全な硬化剤を提供するというものである。これに対し、本件発明1は、シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンを形成する際に用いる硬化剤として、ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いることにより、ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生することを防止できるという効果を奏するものであり、特に、以下のとおり、本件特許出願時の技術水準から、当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものと認められる。」

平24(行ケ)10373,半導体装置および液晶モジュール事件

(進歩性有り)「原出願日当時,本件発明1のように,ニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率を向上させ,また,バリア層の表面電位を標準電位に近くすることによって,マイグレーションの発生を抑制することについて記載した刊行物,又はこれを示唆した刊行物は存在しない。そうすると,甲2文献に接した当業者は,原出願日当時の技術水準に基づき,引用発明において本件発明1に係る構成を採用することにより,バリア層の溶出によるマイグレーションの発生を抑制する効果を奏することは,予測し得なかったというべきである。」

平22(行ケ)10203,腫瘍特異的細胞傷害性誘導方法事件

(進歩性有り)「本願発明1の発明者らも執筆者として名を連ねている論文である「The Oncofetal H19 RNA in human cancer, from the bench to the patient」(Cancer Therapy3巻,2005年(平成17年)発行,審判での参考資料1,甲10)1ないし18頁には,H19遺伝子調節配列を用いたベクターの効果について,①膀胱癌(腫瘍)を発症させたマウスにジフテリア毒素を産生する遺伝子(DT-A)等を誘導するプロモーターを使用したベクターを投与したところ,対照のマウスに対して腫瘍の平均重量が40%少なかったこと,②ヒト膀胱癌(腫瘍)を発症させたヌードマウスにDT-Aを誘導するプロモーターを使用したベクター(DTA-H19)を投与したところ,投与しない対照のマウスが腫瘍の体積を2.5倍に拡大させたのに対し,腫瘍の増殖速度が顕著に小さく,広範囲の腫瘍細胞の壊死が見られたこと,③膀胱癌(腫瘍)を発症させたラットに上記ベクターDTA-H19を投与したところ,対照のラットに対して腫瘍の大きさの平均値が95%も小さかったこと,④難治性の表層性膀胱癌(腫瘍)を患っている2人の患者に経尿道的に上記ベクターDTA-H19を投与したところ,腫瘍の体積が75%縮小し,腫瘍細胞の壊死が見られ,その後14か月(1人については17か月)が経過しても移行上皮癌(TCC)が再発しなかったことが記載されている。また,原告が提出する参考資料である「1.1 Compassionate Use Human Clinical Studies」と題する書面(審判での参考資料2,甲11)及び本願発明1の発明者らも執筆者として名を連ねている論文「Plasmid-based gene therapy for human bladder cancer」(QIAGEN NEWS 2005,審判での参考資料4,甲13)にも,上記④と概ね同様の効果に係る記載がある。本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきである。」

平25(行ケ)10163,帯電微粒子水による不活性化方法事件

(進歩性有り)「当業者が,本件優先日時点において,引用刊行物記載の帯電微粒子にラジカルが含まれていることを帯電微粒子水が本来有する特性として把握していたと認めることはできない。なお,甲第12号証及び乙第6号証の記載についても,あくまで追試時点の結果を示すものであり,本件優先日時点において当業者が引用刊行物記載の帯電微粒子水にラジカルが含まれていることを認識できたことを裏付けるものとはいえない。したがって,本件訂正特許発明1について新規性がないとか進歩性がないなどということはできない。」

Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office
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