(化粧品)スキンケア用化粧料特許侵害事件の攻防

裁判所特許庁
時系列製品の販売民事事件
(特許権侵害訴訟)
行政事件
(出願、審判、審決取消訴訟)
2007/1/15特許権者:旧製品の販売開始
2007/6/14旧製品の全成分リスト(乙6)公開
2007/6/27特許権者:特許庁へ出願(特願2007-169635)
2012/7/27特許5046756成立
2014/3/6非権利者:製品販売開始
2014/9/19特許権者:非権利者の製造・販売等を差し止める仮処分を東京地裁に申し立て
2015/2/13非権利者:無効審判を特許庁へ請求(無効2015-800026)
2015/8/17特許権者:特許権侵害差止等訴訟を東京地裁へ出訴(平27(ワ)23129)
2015/8/19特許権者:仮処分命令取下げ
2016/3/8特許庁:無効審判請求不成立の審決(特許維持)
2016/4/15非権利者:審決取消訴訟を知財高裁へ出訴(平28(行ケ)10092)
2016/8/30地裁:侵害訴訟請求棄却の判決(非権利者勝訴)
2016/9/12特許権者:知財高裁へ控訴(平28(ネ)10093)
2017/10/25知財高裁:侵害事件の控訴棄却の判決(非権利者勝訴知財高裁:審決取消訴訟請求棄却の判決(非権利者敗訴
2017/11/08特許庁:無効審判請求不成立の審決(特許維持)
※特許権者の発売当初の製品(旧製品)のpHは、特許範囲外の7.9~8.3であった。
※2017/10/25の二つの判決は、裁判官が同一人であるが、特許の無効判断が逆転している。その理由は、両訴訟に用いた証拠が異なることによる。

抗弁方法非権利者の抗弁内容裁判所の判断の抜粋
無効論
進歩性違反
設計事項等
オリザ油化カタログ「アスタキサンチン」(乙6)には、「アスタキサンチン含有物であるヘマトコッカスプルビアリス油,ポリグリセリン脂肪酸エステル及びレシチンやリゾレシチンを含むエマルジョン粒子,リン酸アスコルビルマグネシウム,クエン酸のpH調整剤,トコフェロール並びにグリセリンを含む美容液」(原告旧製品)が記載されているところ、pHの範囲は特定されていない。
しかし、上記美容液の安定化を図るためにそのpHの値を弱酸性~弱アルカリ性の範囲内である5.0~7.5に調整することは,当業者であれば当然に実施する程度の数値範囲の最適化にすぎず,その範囲も化粧品が通常有するpHとして何ら特異なものでないから,上記相違点に係る構成に至ることは容易である。
化粧品の安定性は重要な品質特性であり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ,pHの調整が安定化の手法として通常用いられるものであって,pHが化粧品の一般的な品質検査項目として挙げられているというのであるから,pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては,pHという要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される。そして,化粧品が人体の皮膚に直接使用するものであり,おのずからそのpHの値が弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定されることになり,殊に皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと(前記ア(イ)),化粧品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.0~7.5に設定することが格別困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると解するのが相当である
・・・
リン酸アスコルビルマグネシウムに加え他の成分を含む化粧品については,弱酸性下における安定性の改善が試みられており,現に製品としても販売されていたのであるから,原告が主張するリン酸アスコルビルマグネシウム単体の水溶液が酸性下においてその安定性に問題があるという事情は,乙6発明の美容液のpHを弱酸性の範囲に調整することの阻害要因とならないと解するのが相当である。
 
充足論
出願経過参酌の抗弁
「pH調整剤」とはpHが5.0~7.5の範囲外にあるものをこの範囲内にするために用いられる調整剤を意味する。特許請求の範囲の文言上,「pH調整剤」の具体的な内容については記載がなく,本件明細書には「pH調整剤としては,一般にこの用途で用いられるものであればいずれも該当し」との記載がある(段落【0065】)。これらのことからすれば,「pH調整剤」とは,その字句のとおり,pHを調整する剤をいうと解するのが相当である。
被告製品に含まれるクエン酸の含有量を0としても,被告製品のpHの値は5.0~7.5の範囲内にあるから,上記クエン酸は「pH調整剤」として機能していない。被告製品からクエン酸を取り除くとpHが大きく(被告製品約0.6,又は約0.7)変化することが認められ,被告製品に含まれるクエン酸はpHを調整する機能を有しているということができる。
充足論
作用の効果不奏功の抗弁
被告製品に含まれるクエン酸は収れん剤として使用している。被告製品に含まれるクエン酸がpHを調整する機能を有していることからすれば,被告が主張するようにクエン酸が収れん剤として機能するものであるとしても,このことは・・・「pH調整剤」の充足性判断の結論に影響しないというべきである。
損害論争うその余の点について判断するまでもなく

(1) 控訴人(特許権者)の請求内容

① 原判決の取消し

(2) 判決

控訴を棄却する。

(3) 控訴人(特許権者)の抗弁方法と裁判所の判断

抗弁方法特許権者の控訴内容裁判所の判断
無効論
進歩性違反
設計事項等
相違点の容易想到性について
ア・・・本件特許の出願前に,化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定することは技術常識であったと認められるから,pHが特定されていない化粧品である乙34発明のpHを,弱酸性~弱アルカリ性のものとすることは,当業 者が適宜設定し得る事項というべきものである。そして,皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと,化粧品である乙34発明のpH を,弱酸性~弱アルカリ性の範囲に含まれる「5.0~7.5」の範囲内のいずれかの値に設定することも,格別困難であるとはいえず,当業者が適宜なし得る程度のことといえる。
無効論
進歩性違反
有利な効果の参酌
イ控訴人は,本件発明は,pHを5.0~7.5の範囲とすることによって,乙34発明と比較してアスタキサンチンの安定性の大幅な向上という顕著な効
果を奏するものである(本件明細書【表4】,【表5】)と主張する。
本件明細書の記載をみても,本件発明のpHとして,弱酸性側の下限値を5.0と設定したことが,それを下回るpHである場合と比較して臨界的意義を有するものではないから,本件発明の上記効果が顕著なものであると認めることはできない(本件発明のpHの範囲である5.0~7.5の全範囲にわたって,本件発明が顕著な効果を奏するとまではいえな。)。・・・本件発明が乙34発明と比較して安定性の点で優れているかは明らかではなく,そうである以上,当業者であれば,乙34発明において,そのpHを調整することを含めた化粧料に対する様々な安定化の手段を採用して安定化を図ることを期待し,予測することができるのであるから,本件発明は,当業者の技術常識に基づいて予測される範囲を超えた顕著な効果を有するとまではいえない。・・・結局,本件発明の効果は,発明の詳細な説明の記載から判断する限り,当業者が当然試みる最適化又は好適化作業から容易に得られるものであるという意味において,予測し得たものでないとはいえず,格別なものではないことは明らかである
充足論地裁事件と同じ地裁判決と同じ
争点非権利者の主張特許庁の判断
無効理由2
進歩性違反
2007年1月15日に発売された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」に関する有限会社久光工房のウェブページ(2007年6月14日)(甲1)には、「グリセリン,クエン酸,リン酸アスコルビルMg,水酸化Na,アルギニン,オレイン酸ポリグリセリル-10,ヘマトコッカスプルビアリス油,トコフェロール,レシチンを含有する美容液。」が記載されている(引用発明1)。
引用発明1は、
(a)本件発明1はアスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体が,それらを含む「エマルジョン粒子」の形態で含有するものであるのに対して,引用発明1はかかる事項を発明特定事項としない点。
(b) 相違点2
 本件発明1は「pHが5.0~7.5」であるのに対して,引用発明1はかかる事項を発明特定事項としない点。
で本件発明と相違する。
しかし、引用発明1に基づいて,又は,引用発明1並びに甲3の1~6及び甲4の1~2の各文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性とすることは技術常識であるように見受けられ,また,化粧品のpHのコントロールは化粧品の安定化の一つの手段であることが認識できるものの,甲1に記載された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」は,pHが5.0~7.5の範囲外の化粧品であるといえ(甲15),引用発明1の化粧品を弱酸性~弱アルカリ性と設定することの動機付けとなるような記載を甲1ウェブページから見出すことはできない。このため,上記技術常識等をもってしても,本件発明1が,引用発明1,又は引用発明1と甲3の1~6,甲4の1~2の各文献の記載に基づいて,当業者が容易になし得たものとはいえない。
本件発明1は,本件明細書【0009】の記載等からみて,アスタキサンチン(カロテノイド含有油性成分)を含み,エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と,アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し,pHを5.0~7.5とすることにより,アスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことを図るという効果を奏するものであるが,引用発明1のpHを弱酸性~弱アルカリ性とし,化粧品としての安定化を図ったところで,これによりアスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性との両方を良好にすることが明らかであるとはいえず,また,そのことを当業者が予測し得たものとはいえない。
 
無効理由3
進歩性違反
「アスタキサンチン ver.1.0 SM」カタログ(オリザ油化株式会社,2006年5月25日制定「製品名:アスタキサンチン-LSC1,化粧品」)(甲5)には、「ヘマトコッカス藻抽出物,抽出トコフェロール,植物油脂,グリセリン脂肪酸エステル,レシチン,グリセリン及び水を含有し,アスタキサンチン含量1.0%以上の化粧品用途の乳化液。」記載されている(引用発明5)。
引用発明5は、
(a) 相違点1
 本件発明1はアスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体が,それらを含む「エマルジョン粒子」の形態で含有されるものであるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
 (b) 相違点2
 本件発明1は「pH調整剤」を含み「pHが5.0~7.5」であるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
 (c) 相違点3
 本件発明1は「リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体」を含むものであるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
 (d) 相違点4
 本件発明1は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含むのに対して,引用発明5は「グリセリン脂肪酸エステル」を含むものである点。
 (e) 相違点5
 本件発明1は「スキンケア用化粧料」であるのに対して,引用発明5は「化粧品用途の乳化液組成物」である点。
で本件発明と相違する。
しかし、引用発明5並びに甲6,甲7の1~6及び甲4の1~2の各文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
相違点1に係る「エマルジョン粒子」の形態の点がアスタキサンチン,リン脂質又はその誘導体の親水性,親油性等の技術常識から明らかであり,そして,pH調整剤等でpH調整を行うこと,化粧品のpHは弱酸性から弱アルカリ性とすること,及び,グリセリン脂肪酸エステルとポリグリセリン脂肪酸エステルとがいずれも薬品類としてグリセリン脂肪酸エステルという同じ分類のものであることが当業者における技術常識であったとしても,引用発明5において,アスタキサンチンの安定化のためにリン酸アスコルビルマグネシウムを添加した上で,pH調整剤を用いてリン酸アスコルビルマグネシウムが分解しないように,また,アスタキサンチンの分散安定性と色味安定性とを良好に保つためにpH5.0~7.5程度に調整し(相違点2),さらに乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定する(相違点4)ことで,スキンケア用化粧料とすること(相違点5)は,それらの構成を採用することに動機付けがなく,したがって,当業者が容易になし得たこととはいえない。

特許庁が無効2015-800026号事件について平成28年3月8日にした
審決を取り消す。

原告の請求を棄却する。

争点非権利者の主張裁判所の判断
無効理由2
進歩性違反
技術常識
甲1ウェブページに接した当業者は,化粧品にとって技術常識である弱酸性~弱アルカリ性の範囲内において,安定性が得られるpHの好適範囲の選択を試みることは,当然かつ必然の動機付けがあるというべきであり,技術常識を適用する動機が見出せないという審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。仮に,甲1ウェブページの化粧品のpHが5.0~7.5の範囲外にあると当業者が認識したとすれば,かえって,引用発明1を,通常の弱酸性である人の肌のpHに近い範囲内のものにしようという動機は,より強く意識されるといえるから,審決の判断はいずれにせよ誤りである。甲1ウェブページには,本件出願日である平成19年6月27日よりも後にニュースリリース及び発売された商品が掲載されていることになるから,甲1ウェブページの「エフ スクエア アイ」の全成分について記載された部分が,甲1ウェブページにより,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものと認めることはできない。・・・甲1ウェブページが,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであることを前提として,引用発明1に基づき本件発明が容易に発明することができたとの無効理由2は,その前提に誤りがあり,結局,本件発明は,引用発明1に基づき容易に発明をすることができたとはいえないから,無効理由2によって,本件特許を無効とすることはできないと判断した審決の結論に誤りはないことになる。
化粧品開発において当業者が当然になすべき化粧品の安定化のために,pHの最適化又は好適化のためのpH値の調整の範囲を決定する試行の結果として当然に奏する効果であるにすぎず,本件発明1においても,pHの調整は,pH調整剤を適宜使用して安定化を行うこととされていることから,的外れの説示である。結局,本件発明の効果は,発明の詳細な説明の記載から判断する限り,当業者が当然試みる最適化又は好適化作業から容易に得られるものであるという意味において,予測し得たものでないとはいえず,格別なものではないことは明らかである。判断せず
無効理由3
進歩性違反
技術常識
審決は,引用発明5のpHを5.0~7.5程度に調整することには動機付けがないと判断したが,前記1のとおり,この判断は誤りである。スキンケア用化粧料において,pHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲の値とすること(甲3の1~6)が技術常識であるとしても,甲5文献に開示されているのは化粧品の原料としての「乳化液組成物」であって,引用発明5は,スキンケア用化粧料そのものではないから,上記技術常識を引用発明5に直ちに当てはめることはできないといわざるを得ない(化粧品の原料としての「乳化液組成物」において,そのpHを弱酸性~弱アルカリ性の値とすることが技術常識であることを認めるに足りる証拠はない。)。したがって,引用発明5において,相違点2に係る本件発明1の構成を採用する動機付けがあるとはいい難い。
本件発明1は,引用発明5に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。
本件発明の効果は当業者が予測し得たものにすぎず,格別なものではないことは,前記1のとおりである。判断せず

上記のとおり、特許権侵害訴訟に端を発した一連の訴訟事件は、約4年の歳月を要した結果、一方の事件では特許が維持されたものの、他方の事件では無効理由が存在することが明らかとなり、特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、権利の濫用に当たり許されなくなりました。

Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office
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