(化粧品)液性油状クレンジング組成物特許侵害事件の攻防

裁判所特許庁
時系列製品の販売民事事件
(特許権侵害訴訟)
行政事件
(出願、審判、審決取消訴訟)
2008/9/12特許権者:特許出願(特願2008-250179)
2009/1~非権利者:製造販売①
2009/8/14特許4358286成立
2010/4/13特許権者:非権利者の製品の特許侵害を警告
2010/6~非権利者:製造販売②
2010/7特許権者:特許侵害訴訟を東京地裁へ出訴(平22(ワ)26341)
2011/10特許権者:非権利者の製造販売差止めの仮処分命令を東京地裁に申請
2010/11/5非権利者:特許無効審判を特許庁へ請求(無効2010-800204)
2012/1/1~非権利者:製造販売③
2012/1/5特許庁:特許無効の審決
2012/1/24特許権者:審決取消訴訟を知財高裁へ出訴(平24(行ケ)10024)
2012/5/23地裁:侵害訴訟請求認容の判決(特許権者勝訴)
2012/5/23非権利者:知財高裁へ控訴(番号不明)
(知財高裁:特許庁審決を覆えす心証を示し、和解を勧告したのではないかと予想する)
2013/7/9侵害請求訴訟の和解成立公表特許権者:審決取消訴訟を取下げ
2013/7/17非権利者:無効審判を取下げ(特許維持)

製造販売①:クレンジングオイル製造販売
製造販売②:クレンジングオイルを含む化粧品セット製造販売
製造販売③:クレンジングオイルを仕様変更して製造販売

(請求項5は、訴訟と関連しないため、省略)

予備的請求:特許法第102条第3項に基づく実施料相当額の算定根拠

抗弁方法非権利者の抗弁内容裁判所の判断の抜粋
無効論
新規性違反
本件発明は、2006年8月公開の特開2006-225403(旭化成ケミカルズ)に記載された発明と同一である。
1つの公知文献に後願発明の構成要件の全てが開示されているならば,当該後願発明が新規性を欠くことは当然である。そもそも,新規性の判断において,出願前公知文献に基づいて認定される引用発明は,当該公報の請求項記載の発明に限定されるものではなく,構成要件として記 載されていない開示事項を含めて認定されるものであり,そのようにして認定される引用発明が一つの公知文献である乙2の1文献に記載されており,それが本件発明と同一である以上,本件発明1が新規性を有しないことは明らかである。
本件発明1と乙2の1発明とを対比すると,以下の点で相違する。
〔相違点1〕本件発明1は,デキストリン脂肪酸エステルを必須成分として含有し,かつ,その成分がパルミチン酸デキストリン,(パルミチン酸/2-エチルヘキサン酸)デキストリン,ミリスチン酸デキストリンのいずれか又は複数に限定するものであるのに対し,乙2の1発明はデキストリン脂肪酸エステルが任意成分であり,かつ,その種類も限定されていない点。
〔相違点2〕本件発明1は,脂肪酸とポリグリセリンのエステルの炭素数を8~10とするものであるのに対し,乙2の1発明は,脂肪酸とポリグリセリンのエステルの炭素数を10以下とするものである点。
〔相違点3〕本件発明1は,陰イオン界面活性剤をジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩,・・・,アルキルリン酸塩のいずれか又は複数に限定するものであるのに対し,乙2の1発明は,陰イオン界面活性剤の具体例としてジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩を挙げるものの,陰イオン界面活性剤の種類を限定していない点。
〔相違点4〕本件発明1は,分子内に水酸基を2個以上有するポリヒドロキシル化合物の1種以上を含有することに関し記載がないのに対し,乙2の1発明は,同成分を必須成分として含有するものである点。
本件発明1と乙2の1発明は,〔相違点1〕~〔相違点4〕において相違するものであるから,両発明は同一のものではなく,本件発明1は,特許法29条1項3項に違反するものに当たらない。
本件発明1と乙2の1発明が同一のものであるというためには,乙2の1文献に,本件発明1に係る上記作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得るため,(A)ないし(D)成分を必須の構成として組み合わせること及び(B)ないし(D)成分の種類等を上記のとおり限定したものとすることにつき開示があることを要するものであり,単に,実施例において,油性ゲル状クレンジングが含有する成分として,(A)ないし(D)成分に相当する物質が個別に開示されているのみでは足りないというべきである。
 
無効理由
進歩性違反
本件発明は、特開2006-225403に記載の発明に基づいて当業者が容易に想到できたものである。
乙2の1文献の実施例12では,製造例1の界面活性剤,セスキカプリル酸ポリグリセリル-2,オクタン酸セチルを配合した,濡れた手でも快適に使用することができる,外観が透明な,使用感に優れた油性ゲル状クレンジングが開示されている。
乙2の1文献にはデキストリン脂肪酸エステルを添加することが示唆されており,その例示として,本件発明1で限定された3物質も記載されている。また,クレンジングオイルにデキストリン脂肪酸エステルを添加することで,粘度を調整し,使用性・保存安定性を向上させることは当業者にとって公知である。
乙2の1発明について,本件発明1に係る作用効果(手や顔が濡れた環境下で使用できる,透明であり,かつ,使用感に 優れた粘性を有した油性液状クレンジング用組成物であること)を得るため,(B)ないし(D)成分のうち,各実施例において欠いているものを必須成分として加える動機付けはないものというべきである。
無効理由
実施可能要件違反(特36④1号)
本件明細書の「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項だけによる限り,当業者が本件発明の効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を確実に得ることは到底できないものというべきである。被告の上記主張のうち,透明性に関する点は,本件発明1の作用効果としての「透明性」につき,光の透過率75%以上であることを要するとの前提に立つものであり,採用することができない。
当業者は,(A)ないし(D)成分として用いる物質の変更や,(E)成分を配合しないものとしたことに従い,各物質の特性等を考慮し,(A)ないし(D)の各成分の配合割合を適宜変更することにより,本件発明1を実施することができるものと認められ,かつ,配合割合等の適宜の変更は,当業者の技術常識に従って可能なものであると認められる。
無効理由
サポート要件違反(特36⑥1号)
本件発明の特許請求の範囲の記載に従って生成したクレンジング用組成物の中に,本件発明に係る課題を解決することができないものが含まれている以上,本件発明の特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明の記載内容を超えた技術的範囲を記載しているものであり,サポート要件を満たさない。本件明細書には,(A)ないし(D)成分として使用することのできる物質の具体例,各成分の好適 な配合割合が記載されている。・・・上記配合割合等が好適である理由につき,皮膚が濡れている場合のクレンジング力,透明性,安定性,粘度との関係において説明するものであるから,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の上記各記載から,本件各発明における課題(手や顔が濡 れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること)が解決されるものと認識することが可能であるものと解される。
充足論
出願経過参酌の抗弁
「陰イオン界面活性剤」とは、デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる作用を有する陰イオン界面活性剤と限定解釈すべきである。
ここでいう「透明」とは,構成要件1-Eに関する被告の主張で詳述するとおり,透過率75%以上のものを意味し,また,・・・明細書記載の評価基準(直径4cmの円筒ガラス瓶に充填した際に,瓶を通して背景像〔紙に印刷した罫線〕を認識できるか否か)に基づき「透明」と評価されるものを意味すると解するべきである。
本件明細書の記載や比較例は、「陰イオン界面活性剤」の意義を限定する根拠となるべきものとは解されない。
本件発明1に係る作用効果が,請求項2において具体的に数値によって特定される作用効果(透過率75%以上)よりも相対的に低いもので足りると解される。
充足論
作用効果不奏功の抗弁
被告各製品は,原告自身が行った実験の「特許4358296号の透明性評価基準による評価」により「濁る」と評価されており,かつ,750nm可視光のよる透過率は7.2ないし9.9%であって,これは,本件明細書の【表2】において「濁る」とされている比較例1,2,3,6,7の透過率の範囲の最低値(10%)より更に低い。本件明細書の実施例及び比較例における上記「透明」及び「濁る」の記載は,請求項2の発明に係る作用効果の有無について判定したものと解されるのであり,当該記載に基づき,本件発明1の作用効果を限定することは相当ではないというべきである。
なお,本件明細書には,本件発明1の作用効果に係る「透明」に関し具体的に言及する記載は見受けられないから,上記「透明」とは,油性液状クレンジング用組成物の実用上,「透明」であれば足りるというべきである。
損害論
侵害者利益
特許法102条2項は,権利者が,当該特許を実施した製品の製造販売を行っていない場合には,特許法の趣旨にかんがみ,上記逸失利益の損害は発生しないというべきであり,同条項を適用する余地はない(東京高判平成 3年8月29日参照)。特許法102条2項は,損害額の推定規定であり,損害の発生を推定する規定ではないから,侵害行為による逸失利益が発生したことの立証がない限り,適用されないものと解されるところ,前記前提事実(5)のとおり,原告が本件各発明に係る本件特許権を実施していないことに争いがない以上,損害額推定の基礎を欠くものというべきであり,本件において,同条に基づき損害額を算定することはできない。
被告各製品がなかった場合に,原告が原告製品を販売することができ,その分の利益を得ることができたであろうと認めるに足りる事情はないものといわざるを得ず,原告につき,本件特許権を実施しているのと同視することができる事情を認めることはできない。したがって,原告の上記主張を採用することはできず,本件において,特許法102条2項に基づき損害額を算定することはできないものである。
損害論
実施料相当額
本件各発明の作用効果は被告にとって無用のものであり,実施料を支払ってまで許諾を受ける必要の全くないものであるから,被告各製品に関し,特許法102条3項にいう「特許の実施に対し受けるべき金銭の額」はゼロである。本件各発明は,手や顔が濡れた環境下で使用することのできる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供することをその作用効果とするものであるところ,被告各製品は,手や顔が濡れた環 境下で使用することができるクレンジングオイルとして販売されているものであり,水のようにサラサラとしたテクスチャーで液だれしやすいなどの従来品におけるデメリットを改善し,適度な厚みがある(すなわち,適度な粘性を有する)旨が宣伝広告において強調されているものであり,さらに,被告各製品が,使用 時において内容液を手に出して使うことが予定されているものであることも考慮すれば,透明であることも,その商品の特性として重要な要素を占めているものと解することができる。そうすると,本件各発明に係る作用効果が被告各製品の特性の中核をなしているものということができる。これに加えて,被告各製品が,本件各発明をいずれも侵害するものであることを考慮すると,被告各製品に関し,本件各発明の実施に対し受 けるべき金銭の額に相当する額を算定するための相当実施料率は●省略●%と認めるのが相当である。
・・・
以上によれば,特許法102条3項に基づく原告の損害は,被告各製品の売上高に相当実施料率●省略●を乗じることにより算出されるものと認められ,下記計算式のとおり,1億5069万8740円となる。 

本件の公開された判決では、実施料率がマスクされている。しかし、化粧品関連の侵害事件の裁判で採用される実施料率がどの程度になるかを開示しても、問題は少ないと考える。

(無効審決は、その審決取消訴訟及び無効審判の取下げによって確定しなかった。)

争点特許権者の主張特許庁の判断
無効理由1
新規性違反
不明検討せず
無効理由2
進歩性違反
周知技術
(iii)実施例12は、第4成分の選定に際して「セスキカプリル酸ポリグリセリル-2」「ジオレイン酸ポリグリセリル-10」を「併用」した場 合に最適の使用感が得られるとの技術思想に基づいて両者を選定したのであるから、その「ジオレイン酸ポリグリセリル-10」を除外した後の、「セ スキカプリル酸ポリグリセリル-2」のみから、「炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル」と上位概念化し、更に、実施例12に含まれない「デキストリン脂肪酸エステル」を含めることで、甲第1号証発明の「 ゲル状」に比べてその粘度が格段に低い「油性液状」のもの(請求項3では 、「300~1000mPa・s」を得るとの技術的思想には想到し得ない 。特開2006-225403(甲1)の実施例12の油性液状クレンジングには、以下の記載がある。
「[実施例12]下記に示す組成の油性ゲル状クレンジングを製造した。
配合成分  配合量(質量%)
製造例1の界面活性剤 4.3
セスキカプリル酸ポリグリセリル-2 25
ジオレイン酸ポリグリセリル-10 5
グリセリン 2.8
オクタン酸セチル 57
精製水 5.9」
ここで「製造例1の界面活性剤」は、[多鎖多親水基型化合物の製造例1]についての記載から、ジラウロイルグルタミン酸リシン塩であることが明らかである。
本件発明1と甲第1号証発明とを対比する。
〈相違点1〉
実施例12においては、本件発明の構成要件Bの「デキストリン脂肪酸エステル」の記載がない。
相違点1について、甲1には、油性クレンジングにおいてデキストリン脂肪酸エステルとしてミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンを添加することができることが記載されている。さらにミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンを油性液状クレンジング組成物の粘性の調製のために、必要に応じて添加し、その粘度を調節して、塗布性、使用性、保存安定性を向上させる技術については、出願時において周知技術でもある。そうすると、甲第1号証発明において、クレンジング組成物としての塗布性や使用性等を向上させるために、組成物の粘度を調節するものとし、そのために油ゲル化剤として一般的に用いられているミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリン等のデキストリン脂肪酸エステルを含有するものとすることは、当業者が容易になし得ることである。
 
(i)乙第16号証、乙第17号証は、クレンジングの剤形として多数のも   のが存在することを前提として、「オイル状(=液状)」とは区別された「   ゲル状」のクレンジングに関する発明を開示するものであり、乙第18号証   、乙第19号証は、「ゲル」は「ゼリー状に固化したものである」等と記載   しているので、甲第1号証における「ゲル」には、「液状」は含まれない。<相違点2>
本件発明1は油性クレンジング用組成物が、液状であるのに対し、甲1発明はゲル状である。
相違点2について、「ゲル」等の科学技術用語は、一般に定義される範囲が明確に特定されず、広義の意味と狭義の意味が存在する場合が多いところ、「ゲル」については、化粧品分野において、狭義には、ゼリー状のものを意味するものであるとしても、広義には、透明もしくは半透明で粘度の高い液体を包含するものであるとされており、このことは、甲5には、クレンジングジェルは、ペースト状(粘稠液状)またはゲル状の洗顔料であることが記載されることからも、明らかである。してみれば、甲1に記載の「ゲル状」クレンジングは、粘性のある「液状」クレンジングを包含するものであることが、技術常識からみて明らかであるから、甲第1号証発明の「油性ゲル状クレンジング」は、本件発明1の「油性液状クレンジング用組成物」と明確に区別することができない。
無効理由2
進歩性違反
有利な効果の参酌
不明本件発明1の作用効果について検討する。本件発明1において、デキストリン脂肪酸エステル(B)は、組成物の粘度を向上させ、塗布を容易とするために配合していることが明らかである。してみれば、本件発明1は、甲第1号証発明から予測し得ない格別顕著な効果を奏し得るものと認めることはできない。
無効理由3
実施可能要件違反
不明検討せず
無効理由3
サポート要件違反
不明検討せず

特許の有効性について、地裁判決では有効、無効審判の審決は無効と判断が分かれたところ、地裁判決の控訴審で和解が成立した。

上記内容を受けて、無効審決の取消訴訟(原告:特許権者)及び無効審判(請求人:非権利者)はいずれも取下げされた。

地裁判決の控訴審を受け持つ知財高裁と無効審判の審決取消訴訟を受け持つ知財高裁の裁判長は同一のはずである。審決取消訴訟の結果は対世的効力をもつので、あいまいな決着はなじまない。そうすると、審決取消訴訟では、裁判官の心証が審決を取り消して特許維持に傾いていたのではないかと予想する。

Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office
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