化粧品特許の侵害訴訟の検索方法
化粧品特許の侵害訴訟や審決取消訴訟の判決は、最高裁判所ウエブサイトの裁判例検索の中の知的財産裁判例集にて検索が可能です。
事件番号のよみかた
裁判所 | 年度 | 記号 | 番号 | 種別 |
東京地裁 大阪地裁 | 平〇 令〇 | (ワ) | 〇〇〇 | 民事事件(侵害訴訟) |
知財高裁 | (ネ) | 民事控訴事件(侵害訴訟) | ||
(行ケ) | 行政控訴事件(審決取消訴訟) | |||
最大 最二小判等 | (オ) | 民事上告事件 | ||
(受) | 民事上告受理事件 | |||
(行ツ) | 行政上告事件 | |||
(行ヒ) | 行政上告受理事件 |
最二小判:最高裁第二小判廷(裁判官5名)
知財高裁の特別部(裁判官5名)→知財高裁大合議判決
検索方法
例えば、化粧品特許侵害訴訟の損害額を調べたい場合、以下のような検索を行います。
裁判所ステージと争点のいろいろ
知財訴訟は、訴訟経済上、大きく侵害論と損害論とから成り立っています。
裁判所のステージ | 争点 | 内容 | 容認の 可能性 | |
A侵害論 | (1)無効論 | 進歩性、サポート要件、実施可能要件、明確性違反等 | キルビー判決以降、裁判所で、特許の無効を主張することが正当化された。 それを受けて、特許法も、特許権侵害訴訟において、特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者は相手方に対しその権利を行使することができないように改訂された。(特104の3) 無効論の展開には、無効資料調査が必要となるが、特許がすでに審査済みでることを考えると、無効論の主張のハードルは相当に高い。 | 個別事案による |
(2)充足論 | ①出願経過参酌 | 特許権者の出願経過における意見書の内容等を参酌して権利範囲を狭く解釈する。 特許権者は、特許後、出願審査の過程で特許庁に述べていた主張に拘束される(包袋禁反言の原理)。 | 1/3 | |
②作用効果限定解釈 | 作用効果を奏する範囲になるように特許請求項に構成要件を追加して狭く解釈する。 | 1/3 | ||
③実施例限定解釈 | 権利範囲を実施例レベルまで限定して解釈する。 | 1/5 | ||
④公知技術参酌 | 権利範囲が公知技術を含まないようにを狭く解釈する。キルビー判決以降は、無効論の主張でよいかもしれない。 | 1/10 | ||
➄作用効果不奏功の抗弁 | 被告製品が特許発明の作用効果を奏しないものとして非侵害を主張する。 認められ難いため、論法を作用効果限定解釈に変えるのが好ましい。 | 困難 | ||
⑥自由技術の抗弁 | 被告製品は自由技術であり、特許権の効力は及ばないとし、非侵害を主張する。 現在の判例によれば、認められ難い論法ではある。 | 困難 | ||
(裁判官の勧告又は中間判決) | ||||
B損害論 | ①逸失利益 | 原告製品の単位数量当たりの売上げ及び売上げから控除すべき経費)を算定する(特102条1項) | ||
②侵害者利益 | 侵害品の売上げ(単価,譲渡数量)及び売上げから控除すべき経費等を算定する(特102条2項) | |||
③実施料相当額 | 侵害品の譲渡数量、実施料率又は単位数量当たりの実施料相当額等を算定する(特102条3項) |
A 侵害論
(1) 無効論
被告は、裁判所において特許の有効性について争うことができる(特許法第104条の3)。これを無効の抗弁といいます。裁判所は、特許の有効・無効性を判断します。
判例紹介
平9(ワ)938,芳香性液体漂白剤組成物事件
(侵害)「特許の有効性については、専ら特許庁の審判手続により判断されるべきものであり、特許権侵害訴訟における裁判所がこれを理由として特許権者の権利の行使を制限することは、原則として許されないものというべきである。仮に、特許が明白に無効である場合には、当該特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利濫用として許されないという見解を是認し得るとしても、本件において、本件各特許権のいずれか又はその双方が明白に無効であると認めるに足りる証拠はないから、本件各特許発明が公知又は当業者が容易に推考できたことを理由に原告の請求が制限される旨の被告の主張は、いずれにしても理由がない。」
平10(オ)364,キルビー特許事件
(非侵害)「特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。」
進歩性違反以外の無効理由
平30(ネ)10063,二酸化炭素含有粘性組成物事件
(侵害)「発明未完成について 発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度に具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであると解される(最高裁昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。そして,前記1(1)ウのとおり,本件各明細書には,本件発明1-1及び本件発明2-1に係る二酸化炭素含有粘性組成物の具体的な製造方法が記載され,その効果についても試験例と共に具体的な記載があり,これらの記載内容に照らせば,本件発明1-1及び本件発明2-1の技術内容は,当業者が反復実施してその目的とする効果を挙げることができる程度に具体化され,客観化されたものということができる。したがって,本件発明1-1及び本件発明2-1は発明として未完成のものということはできない。」
平12(ワ)7221,エアロゾル製剤事件
(侵害)「特許法36条3項は、特許出願の願書に添付する明細書には「発明の詳細な説明」及び「特許請求の範囲」を記載しなければならないものとし、同法70条1項は「特許発明の技術的範囲は願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」としているところ、同法36条6項(平成 2年法では36条5項)は、明細書の特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に適合するも のでなければならないとしている。そして、本件発明の特許出願時における特許出願に対して適用される平成2年法は、36条4項で、明細書の「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければな らない。」と定め、特許出願が36条4項に規定する要件を満たしていないときは、その特許出願は拒絶されるとともに(49条3号)、特許がこの要件を満たしていない特許出願に対してされたものであることは特許の無効理由とされていたものである(123条1項3号)。・・・けだし、特許発明は、従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより、各構成要 件が有機的に結合して特有の作用を奏し、従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値があり、そのゆえにこそ特許されるのであるから、対象製品が明 細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは、特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり、相当ではないからである(このことは、平成2年法の下でも同様である。なお、前記改正後の特許法の下でも、明細書の発明の詳細な説明に記載した作用効果を特許発明が奏しない場合には、36条4項の規定する「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」との要件を満たしていないか、又は、36条6項1号の規 定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件を満たさない特許出願に対して特許されたものとして特許の無効理由 があることになり(123条1項4号)、あるいは、引用例との比較で進歩性を欠くものとして無効とされる(同条1項2号、29条2項)ことがあり得ると解される。)」
平20(ネ)10013,遠赤外線放射体事件
(非侵害)「本件特許の特許請求の範囲において,「10μm以下の平均粒子径」との文言で記載され,発明の詳細な説明(本件明細書(甲2,乙A20の2)の段落【0035】)において,「遠赤外線放射体は,…製造される。これによって,放射線源材料は均一に分散,分布されると共に,遠赤外線放射材料との粒子間が緻密化される。そのため,特に,遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく,一般に,10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。…そして,それらの粒度が細かい程,自然放射性元素の放射性崩壊によるエネルギ線をより効果的に遠赤外線放射材料に吸収させることができる。」とのように具体的にその技術的意義が説明されているものを,できるだけ細かいものであればよいという見地から,当然に,単なる境界値として特定しているにすぎないということはできない。また,「10μm以下の平均粒子径」という場合の「粒子径」については,技術的に見て,粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次元的に捉えたり,体積等の見地から三次元的に捉えるなど様々な見地があり得る中で,本件明細書(・・・)を精査しても,「粒子径」をどのように捉えるのかという見地からの記載はなく,平均粒子径の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法の記載も存しない。これを踏まえると,本件発明の「10μm以下の平均粒子径」の「径」を,本件明細書の段落【0035】等の記載に照らして当然に,ふるい径等の幾何学的径や投影面積円相当径等ではなく体積相当径という意味であるということは困難であるし,仮に体積相当径とみることができたとしても,後記2~4にも照らせば,本件発明の「10μm以下の平均粒子径」が特許法にいう明確性要件を満たすということはできない。」
令2(ワ)22971, 角栓除去用液状クレンジング剤事件
(非侵害)「争点2-3(サポート要件違反)について・・・
(1) 判断枠組み 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。・・・本件明細書には,本件発明に係る角栓除去用液状クレンジング剤によって実際に角栓を除去することができた旨の記載は見当たらない。これに加えて,角栓のある皮膚を対象とする実施例13において用いられた,角栓除去用液状クレンジング剤に相当する「第2のタンパク質抽出剤A」に含まれるスクアラン及びオクチルドデカノールの含有量は,それぞれ,全量の3体積%及び炭化水素(スクアラン)に対する1体積%を大きく上回るものである。以上によれば,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により,当業者が,本件発明に係る角栓除去用液状クレンジング剤のうち炭化水素の配合量が全量の3体積%未満又はオクチルドデカノールの配合量が炭化水素の1体積%未満の範囲であっても,角栓除去作用があり,前記(2)の課題を解決できることについて,認識することはできないというべきであり,本件全証拠によっても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし上記の本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできない。・・・以上によれば,本件特許は特許法36条6項1号に違反するものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから(特許法123条1項4号),原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない(同法104条の3第1項)。」
平26(行ケ)10263,ビタミンDとステロイド誘導体の合成用中間体事件
(侵害)「特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物を製造する方法の発明については,当該発明にかかる221方法の使用をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその方法により物を製造できる程度のものでなければならない。そして,前記1(2)において述べたとおり,本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にマキサカルシトール側鎖を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を提供することを課題とし,そのような新規な製造方法を 提供することに技術的意義を有するものであるから,所期した化学反応が進行し,目的とする化合物が製造できれば足り,その収率が高いこと等が必要とされるものではない。そうすると,発明の詳細な説明には,その収率を問わず,出発化合物から出発して本件発明の中間体や目的化合物を製造することが,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて理解できる程度の記載があれば足りるというべきである。・・・上記の本件明細書の記載及び本件出願日当時の当業者の技術的知見を考慮すると,「Z」が「ビタミンD構造」である出発化合物を用いた場合にも,当業者であれば,「ステロイド環構造」である実施例の条件を参考にしつつ,本件明細書に記載された範囲内で反応条件を適宜設定することにより,過度な試行錯誤を要することなく,エポキシド化合物(中間体)及び目的化合物を製造することができる。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明に係る化合物の製造方法について,当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものと認められる。・・・前記のとおり,本件発明に係る化合物の製造方法の発明を実施することができるというためには,収率が高いことが要求されるものではなく,反応が進行し所望の化合物を製造できればよいのであるから,ステロイド環に関する実施例の反応条件を参考にしつつ,本件明細書に記載された範囲内の反応条件を選択し,ビタミンD構造を有する出発化合物を用いて中間体や目的化合物を製造することは,当業者が過度な試行錯誤を強いられることなく行うことができるといえる。したがって,原告の上記主張は採用できない。」
平22(ワ)26341,油性液状クレンジング用組成物事件
(侵害)「特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に定めるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,または,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決されるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。・・・本件明細書に接した当業者は,本件明細書の上記各記載から,本件各発明における課題(手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること)が解決されるものと認識することが可能であるものと解される。・・・したがって,本件各発明は,いわゆるサポート要件を欠くものではなく,特許法36条6項1号に違反するものではない。」
平27(ワ)8621,二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物事件
(侵害)「本件明細書には,本件発明の組成物の配合成分や含有量等が具体的に記載されているし,含水粘性組成物や炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤,複合細粒剤又は複合粉末剤を製造し,これらを混合して本件発明の組成物を製造し,使用する具体的な方法も記載され,その作用効果も記載されているから,サポート要件及び実施可能要件を充足していると認められる。」
平13(ワ)20971,毛髪剤事件
(侵害)「被告は,本件特許権(1)(2)は,実施不能の発明に対して付与されたものであり,また,産業上の利用可能性もないから,明らかな無効理由が存在すると主張する。しかし,証拠(甲1,2の各1,甲52,乙67,69)及び弁論の全趣旨によると,本件特許権(1)(2)に係る発明は,第5報に基づいて出願されたものであること,第5報の実験結果は,特に矛盾があるということはなく,信頼できるものであること,第7報には,アミノ酸配列分析においてアスパラギンのピークしか認められないと記載されているが,他に無視できないピークがあるので,この記載は根拠不明であるなどの問題点があること,第7報には,第5報のアミノ酸分析において,ヒドロキシリシンが分析されたことについて,アスパラギンが加水分解されて,γ-hydroxy-β-aminobutyric acidとそのラクトン体,またはβ-aminobutanedioleの何れかが生成し,これがアミノ酸分析においてヒドロキシリシンと同じ挙動を示したものと考えられると記載されているが,これらの化合物は,ヒドロキシリシンとは化学構造及び分子量において明らかに相違しているから,ヒドロキシリシンの存在を否定する根拠とはならないこと,第5報と第7報では,アミノ酸分析の方法が同一かどうか明らかでないこと,以上の事実が認められ,これらの事実からすると,直ちに第7報によって第5報の結果が否定されるものと認めることはできないから,第5報に基づいて出願された本件特許権(1)(2)について,実施不能の発明に対して付与されたものであり,産業上の利用可能性もないことが明らかであるということはできない。したがって,本件特許権(1)(2)に明らかな無効理由が存在するとは認められない。」
(2) 充足論
特許の有効性が争われないか、有効性が確認された場合に、判所は、特許発明の技術的範囲にイ号物件が含まれるか否かを判断します。
① 出願経過を参酌し、特許発明を限定解釈する
特許発明の内容を解釈するにあたって、その特許の出願経過を参酌することがあります。
出願経過を参酌する資料は、主に出願審査段階に提出された手続補正書や意見書等です。
出願過程において、特許要件を充足させるために請求項の解釈に限定を加えておきながら、権利行使において権利を拡張することは、信義則に反することになり許されません。
判例紹介
平19(ワ)22715,燕窩抽出物事件
(非侵害)「本件明細書中には,「含水溶剤」及び「抽出物」という用語について,酵素を用いた加水分解のように,燕窩の中の成分に適当な化学変化を起こす場合をも含むものである旨の,格別の定義は記載されていない。したがって,本件明細書の記載からも,特許請求の範囲に記載された「燕窩の含水溶剤抽出物」は燕窩の酵素分解物を含むものであると解釈することは,困難である。」
平6(ワ)935,ポリウレタン増粘剤事件
(非侵害)「構成要件(イ)のうちの「それらの疎水性基はそれぞれが少なくとも一五〇〇の分子量であるポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基を通して連結されており」という要件の充足性について (一)本件明細書の特許請求の範囲の記載のうち右の構成要件に係る部分の文言によれば、本件特許発明に使用されるポリウレタン増粘剤において疎水性基と疎水性基とを連結するのは、ポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基であって、かつ、その分子量が一五〇〇以上であることが、必須の要件とされていると認められる。そうすると、疎水性基と疎水性基とがポリオキシエチレン鎖からなる親水性ポリエーテル基によって連結されている場合であっても、右の親水性ポリエーテル基の分子量が一五〇〇未満であるときは、右の構成要件を充足しないというべきである。この点について、原告は、前述のとおり、本件特許発明にいう「疎水性基」には、分子量が一五〇〇未満のポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基も含まれる旨主張する。しかしながら、本件特許発明の特許請求の範囲に用いられている「親水性」及び「疎水性」という文言は、ある物質が、水との間で相互作用し合い、水との親和力が大きいという性質を持つ(親水性)か、これを持たない(疎水性)かという、当業者にとって明確な意味を持つものである(乙一七、二三)。両者は、物質が水との親和性に関して全く逆の性質を持つことを意味するものであり、「ポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基」について、単に分子量の多寡のみによって、親水性であるか疎水性であるかが左右されることはないというべきである。また、明細書における用語は、それを特定の意味で使用するために明細書においてその意味を定義する場合にはその用語の有する通常の意味と異なる意味を持つことがあり得るが(特許法施行規則様式28、備考8参照)、本件明細書の記載を子細に検討しても、「疎水性基」が分子量一五〇〇未満のポリオキシエチレン鎖から成るポリエーテル基を含むものとして定義されていると認めることはできない。したがって、原告の右主張は採用できない。」
平9(ワ)26395,妊娠用検査用具事件
(非侵害)「構成要件①、②の「中空ケーシング」ないし「ケーシング」とは、多孔質キャリヤについて、標識付き試薬の存在する区域からみて検出区域とは反対側にある端部にのみ液体試料が適用されるように、右端部以外の部分(ただし、ケーシングが不透明の場合における、試料と標識付き試薬の結合の観察手段としての開口部を除く。)を覆うものを意味し、また、構成要件②は、多孔質キャリヤがケーシング(中空ケーシング)によって区画される外部と、前記端部においてのみ直接的又は間接的に連通し、液体試料が右連通部を介してのみ多孔質キャリヤに適用されることを意味すると解すべきである。このように解することは、前記2(二)認定の出願経過、殊に特許異議手続における原告の主張内容にも合致する。・・・被告製品は、構成要件①、②の「中空ケーシング」ないし「ケーシング」を備えておらず、また、構成要件②の、多孔質キャリヤがケーシングによって区画される外部と、その標識付き試薬の存在する区域からみて検出区域とは反対側にある端部においてのみ直接的又は間接的に連通するという構成も備えていないから、構成要件①、②を充足すると認めることはできない。」
② 作用効果を参酌し、特許発明を限定解釈する
クレームの解釈に当たっては、発明の解決すべき課題や発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し、当該構成によって当該作用効果を奏し、当該課題を解決し得るとされているものに限定されるというスタンスにたって戦います。
判例紹介
平22(ワ)26341,油性液状クレンジング用組成物事件
(侵害)「従来技術における課題及び本件特許発明の作用効果は,本件特許の各請求項に係る各発明を特定することなく記載されているものであるから,上記作用効果は,本件特許発明に共通のものとして記載されているものとみるのが相当である。・・・本件特許請求の範囲の記載に照らすと,本件特許発明は,請求項1及び4において,(A)ないし(D)の4成分からなる組成(請求項4については,そのうち(D)の成分をさらに限定し,かつ,水溶液を用いるものとしたもの)を記載したものであり,請求項2及び3において,請求項1の組成に,光の透過率(請求項2)又は粘度(請求項3)という作用効果を加えた構成を記載し,さらに,請求項5において,請求項1の組成に質量面から限定を加え,かつ,含有すべき成分を追加した構成を開示するものであるから(上記(ウ)a),請求項2ないし5は,いずれも請求項1に開示された組成を基本構成とし,これに作用効果又は組成の点から限定を加えたものということができ,請求項2及び3は,請求項1の組成により奏することができる作用効果に比してより高い作用効果を実現することができることを,具体的に数値によって特定したものと解することができる。・・・請求項1の発明(本件発明1)は,手や顔が濡れた環境下で使用できる,透明であり,かつ,使用感に優れた粘性を有した油性液状クレンジング用組成物を提供することという,請求項1ないし5に共通の上記一般的作用効果を奏するものとして記載されているものであって,上記作用効果は,請求項2及び3により,具体的に数値によって特定される,より高い作用効果と同一のものではなく,これらに比して低い水準のもので足りるものと解される。・・・本件明細書の実施例及び比較例における上記「透明」及び「濁る」の記載は,請求項2の発明に係る作用効果の有無について判定したものと解されるのであり,当該記載に基づき,本件発明1の作用効果を限定することは相当ではないというべきである。・・・本件発明1の作用効果は,請求項1ないし5の発明に共通の一般的作用効果として記載された,手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,使用感に優れた粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供することにあるということができ,上記作用効果に係る「透明」とは,透過率又は円筒ガラス瓶充填時の背景認識の可否の点から,定量的又は定性的に限定されるものではないということになる。」
平30(ネ)10063,二酸化炭素含有粘性組成物事件
(侵害)「控訴人らは,当審において,本件各明細書には本件各発明は二酸化炭素の経皮吸収効率を高めることにより各種疾患の予防及び美容上の問題の改善等本件各明細書記載の効果を奏するものと記載されているから,「二酸化炭素を気泡状で保持できる」とは,二酸化炭素の経皮吸収の向上を媒介として上記効果を奏する程度に気泡状の二酸化炭素が保持されていることを意味すると主張する。しかし,本件各明細書には控訴人らの主張する記載はないから,その主張は前提を欠く。また,「二酸化炭素を気泡状で保持できる」について,含有する気泡状の二酸化炭素の含有量が限定されるものでないのは,前記アに説示したとおりである。」
③ 実施例を参酌し、特許発明を限定解釈する
機能・特性等によって表現されたクレームの技術的保護範囲は実施例に即して限定的に解釈される場合があります。
判例紹介
平9(ワ)938,芳香性液体漂白剤組成物事件
(侵害)「被告は、本件各特許発明の技術的範囲は実施例に限られるべきであるなどとも主張する。しかし、特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきであるところ(特許法七〇条一項)、本件において、明細書のその余の記載や特許出願手続の経過等から本件各特許発明の技術的範囲をこれよりも制限的に解すべき事情は認められないものであり、被告の右主張を採用することはできない。」
④ 公知技術を参酌し、特許発明を限定解釈する
➄ 特許発明の作用効果を奏功していないと、抗弁する
被告が、イ号製品が特許発明の作用効果を奏しないことを理由として、特許発明の技術的範囲への非充足を訴えます。
判例紹介
平13(ネ)3840,エアロゾル製剤事件
(侵害)「化学や医薬等の発明の分野においては,特許発明の構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり,このようなものは,当該特許発明の技術的範囲に属しない新規なものといえる。したがって,このようなものについては,対象製品が特許発明の構成要件を備えていても,作用効果に関するその旨の主張により,特許発明の技術的範囲に属することを否定しうる。・・・作用効果不奏功の抗弁は,控訴人製剤が本件発明の作用効果を奏しないことを立証しなければならないから,本件発明が行った吸入率の計算方法によらなければならないことは当然である。そうすると,控訴人の主張は,同計算方法によるものが含まれていない点において相当でなく,乙44の統計的解析の点を含め,これを認めるに足りる十分な証拠がない。・・・以上によれば,控訴人製剤は,本件発明の構成要件をすべて充足し(仮に 構成要件C,Dの充足を争っているとしても,原判決24頁1行目から25頁16 行目まで記載のとおり充足する。),その技術的範囲に属するものというべきである。」
平12(ワ)7221,エアロゾル製剤事件
(侵害)「したがって、平成2年法の下でされた特許出願に係る特許発明において、特許請求の範囲の記載が一義的に明確でない場合には、明細書の発明の詳細な説明中の効果の記載も参酌されるべきであり、また、特許請求の範囲に記載された構成が発明の詳細な説明に記載された効果を奏しないものまで含む場合には、特許の無効理由を内包することになるのであるから、特許請求の範囲は、明細書に記載された効果を奏する範囲に限定して解釈されるべきである。ところで、明細書の記載要件を定めた平成2年法36条4項の規定 は、平成6年法律第116号による改正で、「前項第3号の発明の詳細な説明は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の 知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」とされ、発明の効果は明細書に記載を必ずしも要しないことになった。しかし、同改正後の特許法の下でも、明細書に効果の記載があれば、その記 載は特許請求の範囲の記載の解釈に当たって参酌されるべきであるとともに(70条2項参照)、対象物件の構成が特許請求の範囲に記載された発明の構成要件を充足していても、発明の詳細な説明に記載された効果を奏しない場合には、対象物件 が特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないものというべきである。けだし、特許発明は、従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより、各構成要 件が有機的に結合して特有の作用を奏し、従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値があり、そのゆえにこそ特許されるのであるから、対象製品が明 細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは、特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり、相当ではないからである(このことは、平成2年法の下でも同様である。なお、前記改正後の特許法の下でも、明細書の発明の詳細な説明に記載した作用効果を特許発明が奏しない場合には、36条4項の規定する「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」との要件を満たしていないか、又は、36条6項1号の規 定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件を満たさない特許出願に対して特許されたものとして特許の無効理由 があることになり(123条1項4号)、あるいは、引用例との比較で進歩性を欠くものとして無効とされる(同条1項2号、29条2項)ことがあり得ると解される。)。前記のとおり、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないものであるから、たとえ対象物件が特許発明と同様の作 用効果を奏するとしても、その構成が特許請求の範囲の記載と異なれば、特許発明の技術的範囲に属するとすることはできず、その意味では、作用効果に基づいて特許発明の技術的範囲を定めてはならない。しかし、特許請求の範囲の記載の技術的意義を解釈するに当たって作用効果を参酌することはもとより、対象物件が特許請求の範囲に記載された構成と同じであっても当該特許発明の作用効果を奏しない場合に対象物件が特許発明の技術的範囲に属しないとすることも、特許請求の範囲をその文言上の意味するところから作用効果を奏する範囲に限定して解釈するものにほかならないから、特許法70条1項の規定に反するものではない。なお、対象物件が特許請求の範囲に記載された構成要件を充足しながら、なおかつ特許発明の作用効果を奏しないためにその技術的範囲に属しないとされる場合には、対象物件が特許発明の作用効果を奏しないことの立証責任は、前記のとおり、特許発明においては新規な構成と作用効果に関連性があり、新規な構成があるものとして特許された発明と同一の構成を対象物件が備える以上、同一の作用効果を奏するものと推定されるというべきであるから、これを争う特許権侵害訴訟の被告にあるものと解するのが相当である。・・・被告製剤は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載され た作用効果がないとはいえないから、被告製剤が本件発明の作用効果を奏しないことを理由に本件発明の技術的範囲に属しないとすることはできない。」
平28(ネ)10093,スキンケア用化粧料事件
(侵害)「被控訴人は,被控訴人製品のクエン酸は収れん剤として使用しているなどとして,被告製品は構成要件1-Cを充足しない旨主張する。しかしながら,被控訴人製品に含まれるクエン酸がpHを調整する機能を有していることは前記認定のとおりであり,被控訴人が主張するように上記クエン酸が収れん剤として機能するものであるとしても,このことは,上記クエン酸が「pH調整剤」に該当するとの充足性判断についての結論を左右するものとはいえない。」
平25(ワ)25813,美容ローラー事件
(侵害)「本件発明の美容器は,特許請求の範囲の記載のとおり,ハンドルに一対の支持軸を設けてこれにボールを回転可能に取り付け,支持軸をハンドルの中心線に対して前傾させ,かつ,その開き角度を40~120度に構成したものであり,ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させると,一対のボールに挟まれた部分の肌は,上記の構成から必然的に,ボールの外周面間の間隔により摘み上げる力の強弱はあるものの,ボールの回転に伴って摘み上げられることになる。そして,被告各製品は上記ア~エのとおり本件発明と同様の構成を有するものであるから,ハンドルの先端から基端方向に移動させると,外周面間の間隔の変動により摘み上げる力が変化するとしても,肌は摘み上げられるものと認められる(甲9参照)。したがって,被告各製品は構成要件Eを充足し,かつ,本件発明の作用効果(前記(2)ウ)を奏すると認めることができる。 (ウ) これに対し,被告は,被告各製品は肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返すことにより本件発明と異なる作用効果を有する旨主張する。しかし,ローラの中心位置と回転軸の位置を偏心させることにより,被告各製品が本件発明にみられない作用効果を有するとしても(・・・),被告各製品が本件発明の構成要件を全て充足し,その作用効果を奏する以上,他の作用効果をも有することをもって本件発明の技術的範囲に属しないということはできない。」
⑥ 特許発明は自由技術であると、抗弁する
イ号製品が対象特許の優先日前の自由技術であることを示すことで、特許発明との対比をするまでもなく、誰でも自由に使うことができる技術であると主張します。
「特許無効の抗弁」が公知技術と特許発明とを比較するのに対し、「自由技術の抗弁」は自由技術とイ号製品とを比較する点で相違します。
判例紹介
平成元(ワ)4033、イオン歯ブラシ事件
(侵害)「Y1らが右抗弁として主張するところは,講学上いわゆる「自由技術の抗弁」と呼称されているものであるが,仮に,被告製品が本件発明の特許の出願前における公知技術と同一であるとしても,そのことから直ちに本件特許権に基づく差止請求権の対象とならないという結論を導くことができるものではなく,Y1らの右主張は,既にこの点において抗弁として理由がないというべきである。すなわち,Y1ら主張のようないわゆる『自由技術の抗弁』を肯定するときは,仮に被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても,被告製品が本件特許の出願前の公知技術の実施である限り,その自由な実施を拒むことはできず,本件特許権に基づく差止請求権も認められないことになるが,このような結果を容認することは,本件特許権についてその本質的内容である差止請求権の行使を認めないこととなり,結局,特許庁における無効審判手続を経ずして特許権を無効なものとして取り扱うことに帰着するが,このような取扱いについてはなんらの実定法上の根拠もなく,かえって,特許法の予定する制度の趣旨に反するものであって,到底認められないものといわなければならない。」
B 損害論
① 逸失利益
判例紹介
平16(ワ)7539,二酸化炭素含有粘性組成物事件
(侵害)「(1) 解除による逸失利益について
ア被告の行為と逸失利益との因果関係
前記1,2認定の事実によれば,原告の原告解除は有効というべきである。被告の「ヴィータゲル」製造販売行為は,本件契約による信頼関係を破壊するものというべきであって,このように信頼関係が破壊された後,原告が,それでもあえて被告に発注するというのであれば格別,そうでない限り,原告に被告への本件製品の製造発注を強いることは酷である。したがって,本来,原告は,被告の行為により本件契約の継続が不能となり,そのことにより,契約が継続していたとすれば得られた利益を失ったということもできるところ,原告による原告解除は,このことを法律的に明確にして,原告の得べかりし利益の損害を確定した点に意義があるというべきである。したがって,原告は,原告解除による損害賠償を請求することができる。
イ 逸失利益額 本件契約は,原告解除により終了しなければ,被告解除から6か月を経て平成16年4月30日ころに終了したものと認められる。そして,このころまで,原告は被告に原告商品の製造を発注することができたが,本件契約が同年2月18日に終了したことにより,原告は,その翌日以後終了日までの発注ができなくなったものである。そして,本件契約において,6か月前までの予告を要求している趣旨は,本件契約が継続的な取引契約であることから,契約を突然終了させられると,例えば原告は,次の製造委託先を探し,これを見つけて製造を軌道に乗せるまでの間の製造ができず,製造販売計画が狂ってしまうことによる損害が生じることを防止する趣旨と解される。そして,原告が,被告解除を受けて,6か月後の本件契約終了の対策を講じ始めていたであろうことは推認に難くないところ,本件契約が予定の2か月あまり前に終了したことによって,予定していた製造計画が狂ったであろうことも,また,推認しうるところである。したがって,原告は,本件契約が終了した日の翌日である平成16年2月19日から同年4月30日まで(以下「本件期間」という。)発注できなかったことによる損害賠償の請求ができる。原告は,発注ができなかったことにより,その発注できなかった製品の販売機会を失したとして,その逸失利益を請求するものと解される。しかし,それがすべて販売機会を逸したと認めるに足りる証拠はない。もっとも,予定していた製造計画が狂えば,取引先への納期に支障が生じ,商品不足で販売機会を失したり,信用を失墜したり,取引先をつなぎ止める対策を講じなければならなかったりすることは当然であるので,原告に損害が生じたことは認められるが,その損害の性質上,金額を立証することは極めて困難であるものと認められる。なお,本件契約においては,第13条①による解除によって損害賠償請求は妨げられないと定められている。しかし,本件契約が期間満了によって終了する場合には,6か月前までに書面による意思表示が要求されている(第4条)ことからすれば,本件契約においては,解除の告知を6か月前に受ければ通常は契約終了に対する対策が可能であり,そうであるからこそ,期間満了による終了の際の通知期間を6か月前までと定めたものと認められる。そして,本件において,契約終了に対する通常の対策が採られたにもかかわらず,被告解除から6か月を経てもなお損害が発生したと認めるに足りる証拠はない。」
② 侵害者利益
判例紹介
平29(ワ)6334,非水系毛髪化粧料事件
(侵害)「特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである(知財高裁令和元年6月7日判決・最高裁ウェブサイト)。・・・被告らの利益額 前記ア及びイによれば,被告らの特許権侵害行為による利益額は,893万0361円となり,この額が原告の損害額と推定される。エ 弁護士費用 原告は,原告訴訟代理人弁護士に委任して,本件の各請求をしているところ,差止請求分も考慮し,被告らの特許権侵害行為と因果関係のある弁護士費用は,110万円と認めるのが相当である。 オ 以上より,原告の損害額は,1003万0361円となる。」
③ 実施料相当額
判例紹介
平26(ネ)10018,二酸化炭素外用剤調製用組成物事件
(侵害)「①公刊物である平成15年9月30日付けの「実施料率(第5版)」(社団法人発明協会研究センター編,甲16)によれば,「医薬品・その他の化学製品」につき,平成4年度から平成10年度の実施料率の平均値は,イニシャル・ペイメント条件のあるものにおいて6.7パーセント,ないものにおいて7.1パーセントであったこと,②株式会社帝国データバンク作成の「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~ 本編」(平成22年3月,甲58)において,「国内企業・ロイヤルティ料率アンケート調査と文献調査におけるロイヤルティ料率の比較」と題する表には,化学の産業分野における日本国内のアンケート結果は5.3パーセントである旨が,「産業別司法決定ロイヤルティ料率(2004年~2008年)」と題する表には,化学産業の「平均値」が司法データは6.1パーセント,市場データは5.4パーセントである旨が,それぞれ記載されていることに鑑みれば,補償金支払請求に当たっての本件特許発明の実施料率については,7パーセントと認めるのが相当である。」
平29(ワ)9201,発泡性組成物事件
(侵害)「イ 実施料率について
(ア) 特許法102条3項は,「特許権者…は,故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると,同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。ここで,特許法102条3項については,「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」では侵害のし得になってしまうとして,平成10年法律第51号による改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。また,特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許の効力が明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなど,様々な契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で,事前に実施料率が決定される。これに対し,特許権侵害訴訟で特許権侵害に当たるとされた場合,侵害者は,上記のような契約上の制約を負わない。これらの事情に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たって用いる実施に対し受けるべき料率は,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,むしろ,通常の実施料率に比べておのずと高額になるであろうことを考慮すべきである。したがって,特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
(イ) 実施料の相場
(①)「実施料率〔第5版〕」(社団法人発明協会研究センター編,平成15年発行。甲38)によれば,「医薬品・その他の化学製品」(イニシャル無)の技術分野における平成4年度~平成10年度の実施料率の平均値は7.1%であり,昭和63年度~平成3年度に比較して上昇しているところ,その要因として,「実施料率全体の契約件数は減少しているものの,8%以上の契約に限れば件数が増加しており,この結果,…実施料率の平均値が高率にシフトしている。」,「この技術分野が他の技術分野と比較して実施料率が高率であることと,実施料率の高率へのシフト傾向は,医薬品が支配的であるが,これは近年医薬品の開発には莫大な費用が必要となってきており,また,代替が難しい技術が他の技術分野と比較して多いためであると考えられる。」との分析が示されている。また,同時期の実施料率の最頻値は3%,中央値は5%であることも示されている。他方,「平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~本編」(株式会社帝国データバンク,平成22年3月作成。乙11)によれば,「健康;人命救助;娯楽」の技術分野における実施料率の平均は5.3%,最大値14.5%,最小値0.5%とされている。また,「バイオ・製薬」の技術分野においては,平均6.0%,最大値32.5%,最小値0.5%とされている。
(ウ) 本件における実施料率を考えるにあたり考慮すべき事情(②~③)
a 原告は,本件各発明の技術的価値は極めて優れたものであり,また,速乾性手指消毒剤の市場における泡状の製品5 の占めるシェアの動向から,経済的にもその価値は高いなどと主張する。
泡状の速乾性手指消毒剤である被告各製品に係る宣伝広告(甲5,7,8),製品情報(甲6,9)及び医薬品インタビューフォーム(甲10)では,液状の速乾性手指消毒剤では手に取ったときにこぼれやすく,ジェル状の速乾性手指消毒剤では増粘剤が配合されているためにポンプのノズルの詰まりや繰り返し塗布したときの使用感が問題になることがあったところ,被告各製品は,これらの問題点を解決する製品である旨がうたわれていることが認められる。また,本件各発明の実施品である泡状の速乾性手指消毒剤(平成23年6月発売。甲39,41の1~41の5,弁論の全趣旨)の販売業者が医療関係者向けに開設したウェブサイト(甲40)には,泡が目に見えるので消毒範囲が確認できるとともに,泡が消えるまで塗り広げることが消毒時間の目安にもなる点や,増粘剤が入っていないので,ポンプが詰まらず,手に擦り込んでもヨレ(増粘剤入りの消毒剤や化粧品を手に擦り込んだ際に出る糊状の剥離物)が出ないことがうたわれている。さらに,平成30年9月26日付け薬事日報ウェブサイトの新薬・新製品情報に関する記事(甲44)においては,第三者の販売に係る「医薬品として日本で初めて承認された低アルコール濃度72vol%の手指殺菌・消毒剤」の出荷開始予定について報じる中で,「同品の登場によって,手指消毒剤の課題であったアルコールによる手肌への刺激が低減され,…このほか,▽きめ細かく弾力のある泡で,手からこぼれるリスクを軽減する▽泡が目でしっかり見えるため,手指消毒の状態を確認できる-といった使用感も特徴。」,「現在,医療分野における手指消毒剤市場は約160億円とされ,構成比は液状が6割,ジェル状が3割,泡状が1割という状況。ただ,液状の構成比は年々減少しており,今後はジェル状と共に泡状も伸びていくことが見込まれている。」とされている。加えて,被告サラヤが実施したアンケートによれば,アンケート対象者である医療従事者の施設で使用されている速乾性手指消毒剤の種類は,平成25年にはジェルタイプ67%,液タイプ27%,泡5 タイプ6%であったものが,平成27年にはそれぞれ66%,24%,10%となっている(甲42,43)。
以上の事情を総合的に見ると,被告各製品と本件各発明の実施品に加え,第三者の製品も,本件各発明の奏する作用効果(前記3(2)ア)と同趣旨と見られる効果を利点としてうたっていることなどに鑑みれば,泡状の手指消毒剤において本件各発明が持つ技術的価値は高いものと見られる。また,手指消毒剤の市場において,泡状の製品のシェアが徐々に高まっていることがうかがわれることに鑑みると,本件各発明の経済的価値も積極的に評価されるべきものといえる。もっとも,後者に関しては,ジェル状の製品のシェアはなお維持されているといってよいことに鑑みると,その評価は必ずしも高いものとまではいえない。実施料率の決定要因としては,当該特許発明の技術的価値よりも経済的価値の方がより影響力が強いと推察されることに鑑みると,このことは軽視し得ない。これに対し,被告らは,本件各発明は平均的な発明に比して技術的に優れた発明ではなく,また,泡状の手指消毒剤のシェアの拡大は直接的には当該製品の販売事業者の営業努力によるものであり,シェア拡大をもって特許の経済的価値が高いとはいえないなどと主張する。
しかし,進歩性が認められる本件各発明の奏する作用効果と同趣旨と見られる効果が実際の製品の利点としてうたわれていることなどに鑑みれば,上記のとおり本件各発明の技術的価値は高いものと評価するのが相当である。また,販売事業者が営業活動に当たって相応の営業努力を行うことは当然である上,泡状の手指消毒剤に係る営業方法等が,ジェル状ないし液状のものに係る営業方法等と比較して,格別のものであると見るべき事情もない。これらのことから,この点に関する被告らの主張は採用できない。
b 被告各製品は,被告製品1(500mLの泡ポンプ付が定価1760円,300mLの泡ポンプ付が1200円,80mLの泡ポンプ付が670円,600mLのディスペンサー用が2000円。甲5,28,乙13),被告製品2(500mLの泡ポンプ付が1760円,300mL5 の泡ポンプ付が1200円,200mLの泡ポンプ付が930円,80mLのものが670円,600mLのディスペンサー用が2000円。甲8,29,乙14)いずれも比較的低価格である。反面,これを踏まえて被告各製品の売上高を見ると,その販売数量は多いといえるから,被告各製品はいわゆる量産品であり,利益率は必ずしも高くないと合理的に推認される。この点は,本件各発明を被告各製品に用いた場合の利益への貢献という観点から見ると,実施料率を低下させる要因といえる。 (エ) 小括 上記(イ)及び(ウ)の各事情を斟酌すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,本件での実施に対し受けるべき料率については,7%とするのが相当である。これに反する原告及び被告らの各主張は,いずれも採用できない。」
Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office |