化粧品特許の進歩性に関する判例

① 設計事項等

審査基準

一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。

判例紹介

平27(ワ)23129,スキンケア用化粧料事件

(進歩性無し)「上記の認定事実によれば,化粧品の安定性は重要な品質特性であり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ,pHの調整が安定化の手法として通常用いられるものであって,pHが化粧品の一般的な品質検査項目として挙げられているというのであるから,pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては,pHという要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される。そして,化粧品が人体の皮膚に直接使用するものであり,おのずからそのpHの値が弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定されることになり,殊に皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと(前記ア(イ)),化粧品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.0~7.5に設定することが格別困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると解するのが相当である。」

② 相違点が周知・慣用技術

審査基準

発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。

③ 技術分野の関連性

審査基準

発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

判例紹介

平30(ワ)4329,二重瞼形成用テープ事件

(進歩性有り)「被告らは、乙8発明と乙11発明は、皮膚に貼り付けられる装飾用の貼付部材という技術分野が共通であり、皮膚に装飾用のしわを形成するという作用・機能が共通し、乙11文献には、乙11発明の「しわ形成用装飾用化粧品」がアイライナーとしても使用できることが記載されており、アイラインの代わりになる「薄型粘着シール」に係る乙8発明に乙11発明を適用することの示唆があるなどとして、乙8発明と乙11発明を組み合わせることにより、相違点1(相違点1’)に係る本件発明の構成について容易に想到することができたと主張する。・・・乙8発明と乙11発明とは、皮膚に貼り付けるしわ形成部材という限りでは、技術分野の関連性が一定程度あるといえるものの、しわを形成する原理に着目すると、その関連性は強いものではない。また、作用・機能についても、原理が異なっていることにより、いずれも装飾用のしわを形成するといっても、具体的にどのようなしわを形成するのかという点での共通性を認めることはできない。さらに、乙8文献及び乙11文献において、それぞれ、アイライナーとしても使用できる、アイラインの代わりになるといった記載があるとしても、「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した」という相違点1’について乙11発明をどのように適用すべきかは明らかではなく、その適用を動機付けるに足りる示唆があるとは認められない。むしろ、乙8発明の「薄型粘着シール」が、乙11発明の「熱可塑25 性ポリウレタンフィルムにより形成した基材」のように伸縮性を有すると、上記「薄型粘着シール」を貼り付けた部分が伸縮し、その縁の部分に強制的にしわが形成されることがなくなるので、乙8発明に乙11発明を組み合わせることには阻害要因が認められるというべきである。したがって、乙8発明と乙11発明を組み合わせることについて、その動機付けが認められず、また、阻害要因が認められる。」

④ 課題の共通性

審査基準

課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。

なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。

試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。

判例紹介

平25(ワ)4303,経皮吸収製剤事件

(進歩性無し)「乙13発明と乙16文献に記載された発明は,技術分野,解決すべき課題及び課題解決原理が共通し,経皮吸収製剤の形状及び強度並びにその構造的な強さを形成・保持するための基剤及び成形方法という課題解決手段にも共通性があること,粘弾性・保水力の大きいゼリー様のヒアルロン酸溶液を乾燥させると非常に強固な固体となるという物性が技術常識として知られていたことに照らせば,乙16文献に接した当業者がこれを乙13発明と組み合せる動機付けがあり,当業者において,乙13発明の基剤を乙16文献の基剤に置き換え,角質層を貫通するように十分強い生体適合性材料の一つとしてヒアルロン酸を基剤(マトリックス)に選択することも,容易に想到し得たことであって,これを乙13発明に組み合せて成形した経皮吸収製剤が皮膚を貫通するのに十分な強度を有することも,容易に理解し得たということができる。また,本件発明に係る経皮吸収製剤の作用効果が格別顕著なものであることを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件発明は,乙13発明に乙16文献を組み合せることにより,当業者において容易に想到することができたものというべきである。」

平26(ワ)11110,美顔器事件

(進歩性無し)「原告は,乙1発明は,役者やモデルのような舞台に上がる者を対象としたメイクアップの技術であるのに対し,乙4発明は,模型等を対象とした塗装技術であって,技術分野が全く異なること,また,乙1発明と乙4発明の解決課題が異なることから,乙1発明に乙4発明を適用する動機付けがないと主張する。しかし,証拠(乙1)によれば,乙1文献の「問題点を解決するための手段」には,「本発明者は,上記の問題点を解決するために,化粧料を,手作業によって塗布する代りに,工業的に吹き付けることに気が付き,塗料を噴霧して吹き付けるのと同様な方法によって化粧料を噴霧して吹き付けることを考え付いたのである。」との記載があり,この記載はまさに,塗料を噴霧して吹き付ける塗装技術を,化粧料を吹き付ける技術に応用することが可能であることを示唆するものであると認めることができる。したがって,上記記載に照らせば,化粧料の吹付けに関する乙1発明に塗装技術である乙4発明を適用する動機付けがあるというべきであり,これに反する上記原告の主張は採用することができない。」

平27(ネ)10067,美顔器事件

(進歩性無し)「また,控訴人は,上記乙1文献の「問題点を解決するための手段」の記載は,工業的に吹き付けることの例として塗料噴霧が挙げられているにすぎず,技術分野が全く異なる塗装装置のあらゆる技術が適用容易であるとはいえないし,乙1発明は,炭酸混合化粧水を生成して,これを顔肌に吹き付ける美顔器といった技術思想を持たず,乙4発明もこのような技術思想を持たないから,毛細血管に作用して血管を拡張し,皮脂や汚れ等の残骸物を顔肌からソフト的に遊離させて取り除き,より若々しく美しい顔肌を指向するという作用効果を奏することを企図して,炭酸混合化粧水を生成するため,使用目的も異なる乙1発明に乙4発明を適用する動機付けがあるとはいえない,と主張する。しかし,上記乙1文献の記載は,化粧料吹付け装置とは異なる技術分野であった塗料を噴霧する技術を化粧料の吹付けに応用することに着眼したことを明示している上,乙4発明は乙1発明と同様に,高圧ガスを用いて塗料(乙1発明では化粧料)を噴霧させるものである。また,本件特許の原出願日前に頒布された以下の文献①~⑥の記載からすれば,化粧水に血行促進のために炭酸ガスを含有させることは,本件特許の原出願日前の周知技術と認められるから,炭酸混合化粧水を顔肌に用いるために,乙1発明に乙4発明を適用することは容易であったというべきである。」

➄作用・機能の共通性

審査基準

請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

判例紹介

平24(行ケ)10005, グルコサミン含有パップ剤事件

(進歩性有り)「従来技術では,ビタミンC又はその誘導体を,美白作用効果を得るための有効成分として化粧用パック等のパップ剤に配合しようとすると,ビタミンC又はその誘導体 と金属架橋剤との相互作用により水溶性高分子間に架橋が形成されないため,安定したゲルを形成することができず,パップ剤としての成形が不可能であるという問題点があったことから・・・引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(・・・に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず」

⑥ 引用中の示唆

審査基準

引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

判例紹介

(進歩性有り)「本件各発明における二酸化炭素含有組成物は「粘性」を有するものであるところ,本件各発明は,「皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害に伴う痒みに有効な製剤とそれを用いる治療及び予防方法を提供すること」(【0004】)及び「皮膚や毛髪などの美容上の問題及び部分肥満に有効な製剤とそれを用いる予防及び治療方法を提供すること」(【0005】)を目的とするものであり,本件明細書1及び2に,「該組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させ」,「二酸化炭素を皮下組織等に十分量供給できる程度に二酸化炭素の気泡を保持できる。」(【0017】),「二酸化炭素が気泡状で保持される二酸化炭素含有粘性組成物」(【0032】),「炭酸塩の増20粘剤含有顆粒(細粒,粉末)剤等及び酸の増粘剤含有顆粒(細粒,粉末)剤等は各々炭酸塩及び酸の徐放性製剤とすることにより,更に持続性を増強することも可能である。」(【0033】),「本発明の二酸化炭素含有粘性組成物は,数分程度皮膚または粘膜に適用し,すぐに拭き取ってもかゆみ,各種皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害の治療や予防,あるいは美容に有効であるが,通常5分以上皮膚粘膜もしくは損傷皮膚組織等に適用する。特に褥創治療などでは24時間以上の連続適用が可能であり,看護等の省力化にも非常に有効である。」(【0055】)との記載があることを踏まえると,本件各発明の二酸化炭素含有粘性組成物における「粘性」とは,二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を意味するものと解される。・・・乙1文献には,二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を付与することの記載はなく,そのことについての示唆や動機づけとなる記載があるとは認められない。また,乙1発明の「組成物」には二酸化炭素が「気泡」の状態で存しているものとは解されないし,二酸化炭素の保持について「気泡」という点に着眼することが容易であるとは解されず,二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を付与した場合,温湿布や足浴に用いる場合の使用感や利便性が少なからず変化してしまうことになるとも考えられる。そうすると,本件各発明は,乙1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。」

⑦ 阻害要因

審査基準

出願人が引用発明1と引用発明2の技術を結び付けることを妨げる事情(例えば、カーボン製のディスクブレーキには、金属製のそれのような埃の付着の問題がないことが技術常識であって、埃除去の目的でカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは考えられない等)を十分主張・立証したときは、引用発明からは本願発明の進歩性を否定できない。

⑧ 有利な効果の参酌

審査基準

引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

しかし、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲 を超えた顕著なものであることにより、進歩性が否定されないこともある。例えば、引用発明特定事項と請求項に係る発明の発明特定事項とが類似していたり、複数の引用発明の組み合わせにより、一見、当業者が容易に想到できたとされる場合であっても、請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果であって引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、あるいは同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合には、この事実により進歩性の存在が推認される。

特に、後述する選択発明のように、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有する ことが進歩性の存在を推認するための重要な事実になる。

判例紹介

平21(行ケ)10238,日焼け止め剤組成物事件

(進歩性有り)「本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合である といえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。・・・当裁判所は,本件各実験の結果によれば,本願発明に係る日焼け止め剤組成物の作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が優れているという作用効果)は,当業者にとって予想外に顕著なものであったと解すべきであり,これに反して,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断には誤りがあると判断する。」

Patent, Reseach and Consulting のNakajima IP Office
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